脚本で旅するスプリングコンサート
【前半 その3】

この記事は、〈脚本で旅するスプリングコンサート 前半 その2〉からの続きです。

 

たかお
博士、この剣の力って、すごいものですね。

市ヶ谷博士
これは、異次元から来た人が持ってきたもの、だったね。
この剣は、その時間と空間を操作するシナプス、だと思う。

 

 

てつお
つまり、どこの時間にでも、どこの空間にでも、アクセスできる、ということ?

市ヶ谷博士
君はカンがいい!

 

 

私の計算では、そろそろ別次元の人がこれをこの世界に持ってくるころだと思っていたんだ!
それが、まさか私の手にそれがあるとはーー。
それにしてもこの剣を持ってきたという「リーゼル」さん、
どこかで聞いたことがある名前なんだが……。

 博士が剣を手にして、しげしげと調べている様子。
 博士と一緒に剣を見ている犬。(その正体は、ナナポンだ)

 突然、下手からピー、と長く1回、笛。
(その音で、研究室の人たちは反応し、ナナポンと剣を隠す。)
 時空監視人が2人、「失礼します」と入ってくる。
 ナナポンはそれとなく後ろを向いてイヌのふり。

 

 

市ヶ谷博士
なんだ、君たちは! この研究棟には部外者は入れないはずだ。

時空管理人
それは失礼。怪しい人はこのあたりに来ませんでしたか。
実は、……ヒトを、捜しておりまして。

 

 

助手
ああ、怪しい人なら……。(チラ、とナナポンを見る)

時空管理人
(色めき立って)怪しい人なら?!

助手
(キッパリ)来ませんでしたよ。

時空管理人
そうか、このあたりにいると思ったのだが。失礼した。
(帰っていく。途中で、フェイントで振り返る)

 

 

とうこ
博士、あの人たちです。逃げてきた人を追っていた人たち……。

市ヶ谷博士
そんなことだと思った。
まだ、私達がこの剣を持つのは、早過ぎるのかもしれない……。

てつお
でも、博士、どうして博士はこの剣の使い方を知っていたんですか。
それに、振り回しているだけで、何もしていないように見えるし……。

市ヶ谷博士
新相対性理論ではこうなんだ、「人の想い」が時空を操る――。
サミュエル・ウルマンの詩にもあっただろう。
「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。」
ウルマンは知っていたんだよ。気持ちで時間を操ることができる、と――。

たかお
博士、ひょっとすると、博士は気持ちでこの剣を操っている?!

市ヶ谷博士
ご名答。(ナナポンは、うんうん、と言っている)君はカンがいい!!
想いがあれば、時間も、空間も簡単に超えられる……。
(小さな声で)それは……「愛」かもしれない(剣を見ながら)

 

演奏 『Rainbow』
――Sia

【編成】
ボーカル、サイドボーカル2名、アコースティックギター、キーボード2名、ウィンドシンセサイザー、ベース、ドラムス
22名によるフラダンス、多人数コーラス

あなたはスペシャルな人 私にはわかる
普通の人々にとってはクレイジーなところも
私から見れば たくさんの愛に溢れてるわ
あなたは低いところまで落っこちて行ったかと思ったら
ロケットの如く、まっすぐ高くまで 飛び上がった
大きな夢を描く人々は、広く無限の大空へ向かって 真っ直ぐに飛んでいくのよ
 
私には、あなたの頬をゆっくりと伝って落ちていく涙の中に 虹が見えるの
私には、あなたの魂が成長していくのが見えるの
痛みが地面に落ちてキラキラと散っていく中で。
 
ほら、太陽が登ってくる 私がちに向かって、笑いかけて、私たちを見守ってくれるよ
私には、太陽がのぼると同時に、あなたの涙のしずく中に虹が見えるの
逃げようとしてはダメよ、決してね。
あなたならできる
感じて、そして、信じるの。

 

市ヶ谷博士
とうこくん、いよいよ、時間だね。

とうこ
はい。

市ヶ谷博士
宇宙、不思議発見!(「ふしぎ発見」効果音のキーボード)

豊かな現代を象徴する数字シリーズ。
第1問! 29% これは、何の割合でしょうか。

 

 

たかお
はい。ウクライナで破壊されたロシア軍戦車の割合

市ヶ谷博士
残念!

てつお
はい。3月末までに5Gに切り替えそこねた3G携帯の割合。

市ヶ谷博士
私も切り替え忘れたが……残念!

とうこ
はい。収穫されたのに、食べないで廃棄された穀物の割合。

 

 

市ヶ谷博士
正解。

てつお
穀物が

たかお
29%も

市ヶ谷博士
捨てられているんだ……。第2問! 37% これは、何の数字でしょうか。

たかお
はい。そろそろ田んぼを作るのやめようかと思っている人の割合。

市ヶ谷博士
残念!

てつお
はい。25歳までに結婚した女性の数。

 

 

市ヶ谷博士
もっと少ないと思う。残念。

とうこ
はい。収穫された魚介類のうち、食べられずに捨てられる数。

市ヶ谷博士
正解。

てつお
魚介類が

たかお
37%も

市ヶ谷博士
捨てられているんだ……第3問! 45% これは、何の数字でしょうか。

たかお
はい。罠で穫れた猪のうち、メスだった割合。

市ヶ谷博士
残念!

てつお
はい。高血糖、高血圧にならずに80歳を超えられる人の数。

市ヶ谷博士
んーーーーーーヘルシー――!! でも残念!

 

 

とうこ
はい。収穫された野菜果物のうち、廃棄される数。

市ヶ谷博士
正解!

 

 

てつお
野菜

たかお
果物が

2人
45%も

市ヶ谷博士
捨てられているんだ。毎年、世界中で、20億人分の食料が捨てられている。
この日本でも小学生の6人に1人は、貧しさで1日3食、食べらない。
まわりの子たちが豊かさを満喫する中で、
貧しい家庭に生まれた子の厳しさを思うと、ちょっとつらい。

とうこ
それでいま、子ども食堂が盛んに作られているのね……。

市ヶ谷博士
そうだ、てつおさん、たかおさん、あなたたちは、
子供のころ、愛情にあふれた生活をしてきましたか?

たかお
なんだよ、急に変な事、聞いて。
僕の家は、一般的な家庭だよ。愛情も生活も普通だったね。
ただ、自分の性格がネクラで社会性がないだけ、
自分が悪いだけなんだ、僕の場合は。

てつお
僕の家も普通と思うけど。

市ヶ谷博士
そうですか。では、あなた方が小学1年生の頃の様子を見てみよう。

たかお
おいおい、よしとけよ。

市ヶ谷博士
永遠は一瞬、一瞬は永遠! てつおとたかおの子供のころの家に行く!
(博士は剣を回す。後ろでナナポンも回している)

 

演奏 『Ain’t Your Mama』
――jennifer lopez

【編成】
ボーカル、サイドボーカル2名、アコースティックギター、キーボード、ウィンドシンセサイザー、ベース、ドラムス
8名によるタヒチアンダンス、多人数コーラス

だらしのない生活、おさらば!
甘え合う生活、おさらば!
キレ良く、生きていくぜ!
 
ああいえば、こう言って 文句を言いつつ、変化を望まず
嘆くばかりで、なんにも策を講じない
そんな生活が 実は好きな、そこのあなた!
 
お互いを消費する生活は もう終わりっ
私はあなたのママじゃないのよっ Bye Bye!

 

 舞台下手側にてつおの家がセット、上手側にたかおの家がセット。
 照明は最初は下手側だけ。上手側のたかおの家は人がフリーズしている。
 そこに下手側から博士やとうこたちが出てきて、てつおの家の芝居始まる。

 

 

 てつおの家。テレビがついている。(演出はテレビ音声だけ流す)

 父親、母親、てつお、姉、の4人家族。みな一様に黙ってテレビをみながら食事。
 テレビの音声は最初は大きく、すぐに絞って、すぐ台詞に入る。

てつお
あのね……。(誰も返事もしない。3人ともテレビを見ている)

てつお
ぼく、このコロッケ、大好きなんだ。だって、ソースがかかっているから
美味しいんだもの。ソースがかかったところが好きかな……。(誰も無言)

てつお
(裏声で)そうだよね、やっぱりソースと衣がまざったとこが美味しいよね。

てつお
君もそう思う。そうなんだよ、ソースとコロッケの衣、最高だね。

てつお
(裏声で)うん、最高だよ。コロッケ3つ食べたいね。

てつお
それはダメだよ。2つまでって、決まっているからね。

てつお
(裏声で)うん、わかった。仕方ないね、決まりならね。

 姉、じっとてつおを見る。


あんた、誰としゃべってんの。大丈夫?
お母さん、てつおが、透明人間としゃべってる。


え? てつおが? もともとおかしいんだよ、その子は。ほっとき。

てつお
だって、誰もぼくとしゃべってくれないんだもの。

 父は自分が食べ終わるとそそくさと茶碗を重ね、台所へ運んでいく。去る。

てつお
パパがいっちゃった。


また自分のパソコンでどこかの誰かと対戦ゲームだよ、夜中まで。
パパのパソコンゲーム中毒はもう一生治らないよ。


私もスマホ、みなきゃ。ハブされちゃう(茶碗を重ねて台所へ運ぶ)


(口をあけて、テレビを見ている。)
ああ、この人たち、おもしろいね。ほんと、おかしい。

 てつお一家の芝居、フリーズ。

 舞台上手のたかお一家に照明。フリーズがとける。
 たかおの家
 母親がソファーで雑誌を読みながら、ポテチを食べている。
(舞台下手のてつおの家は照明を落としたなかでセットはける)

 

 

子供のたかお
ただいまー。


……。

たかお
ただいま!


聞こえてるわよ、そんな大きな声しなくても。

たかお
あのね、今日、学校でね、社会科見学に行ったんだよ。ゴミしょうきゃくじょう。
お母さんも知ってるかな、ゴミ焼却場っていうとこなんだけど……。
お母さん、ゴミしょうきゃくじょう……。聞いてる?


……。(雑誌を見ている)

たかお
お母さん、ごみ焼却場!

 

 


うるさいわね。何いってんの。お母さんがゴミ焼却場なわけないでしょ。
それよりも、進研ゼミが届いていたわよ。やっておいてね。

たかお
聞いてないんだから、僕の話し……。


いいから、手を洗っておやつを食べなさい。

たかお
はーい。(手を洗って、おやつの棚をあける) ……ないよ、お母さん。


え、なに。さっきから、うるさいわね。
おやつがない? あ、そうだ、お母さん食べちゃった。今日は、なし!

たかお
もう、いい……。

 

 

父親
ただいま。

たかお
お父さんお帰り!
(父に駆け寄るが、すれ違ってしまう。父は息子に興味なし)


あら、どうしたの? こんな早く帰ってきて。


今朝、言っただろ、今日はリモート出社の日だけど、俺だけの都合の出社だから、
早く帰ってくるって。もう、いつも聞いてないよな、俺の話。


あんただって私の話、いつも聞いてないじゃないの。
今日はたかおがうるさくてもう、私、疲れてるの。
夕飯は用意してないから、たかおを連れて外食してきて。


そうやって、いっつも疲れてる、疲れてるって……。
ああ、もういいよ。俺も疲れてる。そんなことだと思って、
駅で立ち食い蕎麦喰ってきたから、もう寝る。
どうせ、お前はジャンクフード食べ過ぎてるんだろ……(吐き捨てる)


シーン(雑誌の頁をめくっている)

たかお
ぼくは、どうなるの?


また? ぼくは、ぼくはってもう……。そうだ、カップ麺があった。
たかお、それくらい自分でできるでしょ。

たかお
はーい。(カップ麺にお湯をいれるしぐさ)

 じっと見入っているたかお。
 思わず、子供の自分の前へ出ていこうとするのを、市ヶ谷博士が止める。

市ヶ谷博士
本人同士が出あっちゃ、まずいことになるんだよ。

 

 

たかお
おい、子供のたかお! お前、怒れよ!
それで、お母さんか? そんなのお母さんじゃないよ!って、
怒ってやれよ! この怠け者! もっと母親らしくできないのか!
……お母さんも、お父さんも、ずっと僕の話しなんか聞いてくれなかった。
夕飯だって、一人で食べることが多かった。
そんなの家庭じゃない! 家族じゃない!

 

演奏 『Greatest』
――Sia

【編成】
ボーカル、サイドボーカル2名、アコースティックギター、キーボード、ウィンドシンセサイザー、ベース、ドラムス
7名によるダンス、多人数コーラス

息が切れてる でも 私は
私は強い
走りながら 目を閉じる
そう、私は強い
 
またもや 登るべき山が見えてきたわ
でも 私にはスタミナがある
愛の波を超えて 駆け抜ける
だって私の中にはものすごい活力が眠ってる
諦めないで 私は諦めないわ
諦めたらだめよ、決してね
 
何にもとらわれることはない
より良い 最高の自分になっていくことを
 
止められることはないの
最高の そして精一杯の自分でいることを
 
そう、今夜、私はここに
生きている

 

たかお
僕が育った家庭は、人間らしい優しさも、愛情のかけらもない。
でも、あの時は、気付けなかった。僕が悪い子だから仕方ないと思っていた。
それで僕の心は、自立できないほどに、壊れてしまったのか。
いまごろ気付いたって遅いんだけど……。

とうこ
私の家も同じ。父は出張ばかりで、いつも留守。
そして母は、私の塾といくつもの習い事の送り迎えで大忙し。
家族のみんながすれ違いばかり。落ち着いて食事したことなんてほとんどない……。

てつお
もう、いいよ。もう、わかった。わかったよ。
僕たちの家が、どんな家庭だったのか、こうして外から見て、初めてわかった。
普通の家庭だったけど。普通じゃない。
考えてみても、親子の会話がほとんどなかった。
たぶん、親は夫婦の会話も、ほとんどなかった。家族じゃなくて、同居人。
4人の同居人が、たまたま、家族のような顔をして交流もなく暮らしていただけ。

 

 

市ヶ谷博士
先頃、母子共依存の66歳の男性が、92歳の母親を亡くし、
その母親を生き返らせることができないと言った医師を、
猟銃で撃ち殺したという事件があった――。
今や、多くの人が生きる目的を見失っている。
多くの家で、家庭というものが、静かに、静かに崩壊していたのだ。
母親しか見えなくなった子供、自分しか見えなくなった子供は、
何歳になろうとも社会に出ることはできなくなる……。

てつお
普通の家庭って、どういうのが普通なんですか?
僕はわからない。普通がどんな家庭なのか。愛情がどんなものか、わからない。
僕は何のために生きているのか。人は何を目標に生きて行くものなのか。
気付いていたよ。僕の周りの人たちは、誰1人として幸せじゃない……。
じゃあ、人類が生きているこの世界、この宇宙はなんのために存在している?
博士、人類はなぜ、生まれたんですか。

その剣を貸してください。初めて僕たちが出会ったあの場所で、いっそのこと――
やっぱり、僕はこの世界にはいられない。

たかお
おい、よせ!

とうこ
やめて、てつおさん。

 

 

てつお
あのパワースポットといわれている穴に飛び込んで、僕はこの世とおさらばだ。
(剣を無理にとって、構える。回しながら)
パワースポットの穴に……!

とうこ
あ、ダメ! 博士の研究室に行く!!

 

演奏 『Holy Water』
――Bishop Briggs

【編成】
ボーカル、サイドボーカル2名、エレキギター、キーボード、ウィンドシンセサイザー、ベース、ドラムス
ダンス(コーラス)

あなたに駆け寄る私を見て 
あなたはどうしていいかわからない様子だった
それはあなたの知る限りの愛ではあったのでしょう
だけどそれは、十分とは言えなかったの
(正しい愛を求める心にとって、それは真の愛ではなかったの)
 
どうして 崩れることができようか
私の心臓はまだ脈打っているというのに
どうして諦めることができようか、
神が私を生かしているというのに
 
その愛は決して 偽物ではない
 
聖なる水よ
どうか この深い無念を流し去って
 
聖なる水の中、
胸の痛みが溶けていく

 

前半 幕

 

▶【後半 その1へ続く】

 

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