脚本で旅するスプリングコンサート
【前半 その2】

この記事は、〈脚本で旅するスプリングコンサート 前半 その1〉からの続きです。

 

 3人が下手から、研究室に入ってくる。
 研究室には博士と助手、そして最近から飼い始めた雑種犬ナナポン。

とうこ
博士、急に連絡してすみません。

市ヶ谷博士
おお、待っていたぞ。
宇宙の歪みを使ってこの世界に来たのは、その2人か。

てつお
えっ、僕は違います。

たかお
僕も性格は歪んでいますが、宇宙の歪みを通り抜けるほどでは……。
僕たちはおさらば3人組という……(2人の顔をみる)、友人です。

とうこ
いえ、友人ではありません。

市ヶ谷博士
友人のようだな。

とうこ
おや、博士。最近まで、研究室にそんな動物、いませんでしたよね。
それは、なんですか?

 

 

市ヶ谷博士
あ、このナナポンか? 何か得体のしれない雑種のイヌだと思うが、
つい最近、迷い混んできて、追い出すのもかわいそうだから
飼ってやることにしたんだよ。

とうこ
ふーん……。(疑い深いそぶりで、ジロジロと見る)

 ななぽん、博士をつんつんする。

市ヶ谷博士
ああ、そうだった。話を聞こうじゃないか。

とうこ
これが見てほしい剣です。(布でくるんだ剣を出す)

市ヶ谷博士
とうこくん、もうちょっとわかりやすく説明してくれないか。
どこかからきた誰か、というのは、何処へ行った?

とうこ
この3人で月を見ていたら大きな火球が近くに落ちてきて、
大きな物音がしたと思ったら、人が2人、走ってきたんです。
その人は、持ってきた剣を私達に預けてどこかへ逃げていきました。
というのも、その人を追ってきた人たちもいて、私達が隠れていると、
4次元の地上に来たようだ、とその人たちは言っていました。
そして出直そう、といって引き返していきました。

てつお
追われていた人は女性で、別の人に「リーゼル」と呼ばれてました。

 (とうことたかお そうそう、と頷く)

市ヶ谷博士
ふうん。リーゼル……さん……。どこかで聞いたことがある名前だが……。
そして、これがそのリーゼルさんという人から預かった剣というわけか。
(しげしげと見て)……なるほど。

とうこ
博士、何かわかりましたか。

市ヶ谷博士
電話をもらったとき、ちょうど新相対性理論を見つけたところだったんだ。

助手
そうなんです。私も聞いたときは驚きました。
ノーベル賞級の大発見……。
(キュウウウウウン、という電子音の効果音 ガクンとクビを落とす)

たかお
どうしたんですか。発作を起こしてる?!

 

 

市ヶ谷博士
いやいや、私の助手はアンドロイドで、自動充電のはずだが……。
(助手の後ろにまわり、蓋を空けて)
ああ、ケーブルが外れてしまっただけだ、もう大丈夫。

(キュウウウウ、という電子音と共に助手が復活)

助手
ノーベル賞級の大発見! 子供時間と大人時間は相対的に違う、というすごい理論ですよね、博士。

市ヶ谷博士
それはわかりやすく言った、一面的なことでしかない。
では、年齢が80、90、100歳と上がっていくと、時間はどうなると思う?

助手
どんどん短くなっていって……。しまいには、1年が1秒くらいに?
……これが何の役に立つんですか?

市ヶ谷博士
そう、次第に超短時間になっていき、最後の瞬間に永遠となる。

助手
永遠、ですか?

市ヶ谷博士
そうだ。この新相対性理論は、
人間が求めてきた究極の答えに近いものとなるだろう。
そして、この剣は、それを証明するのに使えるもの、かもしれない。

とうこ
「究極の答え」というのは、博士、何に対する答えなんですか。

市ヶ谷博士
……なぜ、人類は誕生したのか。
そして人類を育んだこの宇宙は何のためにいつ生まれたのか。
私はそのために研究をしてきたのだ。おそらくは、アインシュタインも。
信じてもらえないかもしれないが、
私はアインシュタインの生まれ変わりだと思うことがある。

3人
生まれ変わり?!

 

演奏 『Happy Face』
――Jagwar Twin

【編成】ボーカル、サイドボーカル2名、エレキギター、キーボード、ウィンドシンセサイザー、ベース
18名によるダンス / 多人数コーラス

 

 

とうこ
アインシュタインの生まれかわりですって?!……。
なぜ人間が生まれたか、その答えは、私も人生をかけてでも知りたかったことです。
その答えが、わかったのですか?

市ヶ谷博士
わかった、……かもしれない。
なぜ、子供時間は永く感じて、狭い空間に宇宙を感じるのか。
それに対して、なぜ、大人時間は、短く、空間は広くなってしまうのか。
いいかい、年齢を重ねても子供のように純粋な心のままで生きたなら、
欲のない愛にあふれた心で生きていったなら、時間が永くなるんだよ。
時間の永さは子供と大人が違うだけではないんだ。
大人の1人、ひとりが、まるで違う時間を生きているとしたら?

たかお
人が変われば、同じ時間を永く感じたり、短く感じたりする、
ということですか?

市ヶ谷博士
ああ、そういうことだ。
別の言い方をすれば、もし時間の長さをコントロールできるとしたら、
より意味の深い人生、より幸せな人生にすることができる、ということ。
しかし、ちょっと待ってくれ。まだ、検証はされてないんだ……。

ここまで、他の動物と違って、人間だけは「幸せ」を求める存在だった。
その「幸せ」を求める気持ちは、
暖かい服と、飢えることのない十分な食べ物、
そして雨風を十分に凌げる快適な住まい、それを得る事になっていった。
それが嵩じて他の国のものを奪ってでも豊かになろうとした。
第二次世界大戦では、日本でも多くの人が命を落とした。

とうこ
おじいちゃんは、テニアン島という南の島で、
砂糖を作る会社で働いていたときに徴兵された。
第二次世界大戦の終わりの頃、島はアメリカ軍に占領され
ほとんどの兵隊は戦死し、わずかな生き残りが捕虜となった。
テニアン島はB-29という爆撃機の基地になり、
そこから広島、長崎へ、原爆を落とすB-29も飛び立った。
おじいちゃんの実家には戦死公報が届いていたとーー。

市ヶ谷博士
しかし、九死に一生を得て帰ってきたわけですね。
その時の様子が、見られるかもしれない。
この剣だが……。時空を超えられる剣、それに違いない。

3人
時空を超えられる剣?!

 

 

市ヶ谷博士
さあ、一緒に行ってみよう。
永遠は一瞬、一瞬は永遠! テニアン島に行く!

 

演奏 『キャラバンの到着』(アンサンブル)
――作曲 Michel Legrand

【編成】テナーサキソフォン、キーボード、ドラムス

 

 

 この曲の後半、照明を落とした上手に岩を出しておく。

 兵隊の格好をした男が3人、上手から下手客席奥のほうを見ながら出てくる。
 舞台上手での芝居

 

 

兵隊1
海を、見ろ。大変なことになってる。(岩から頭を3つ並べた感じで)

兵隊2
驚いた。海がまっ黒だ。あれが、全部、軍艦なのか?

兵隊1
いったい、何隻の軍艦なんだ。見渡す限りの軍艦。
全部、アメリカ軍の軍艦だ。

兵隊3
これがアメリカの力か。これじゃ、勝てるはずがない。

(これまで隠れていた3人は、岩の前に出て、堂々と立って沖を見る)

兵隊1
日本は世界で一番強い国のはずだったが、
これほどまで、アメリカに大きく追い越されていたとは。

兵隊3
俺たちはここで死ぬことになりそうだな。

兵隊2
なあ、食料もほとんどない。
最後の米と小豆で、ぼたもちを作って、喰ってから死のう。

兵隊1
それはいい考えだ。あと数日の命。(顔を見合わせ)死ぬ前に喰っておこう。

兵隊3
ぼたもちを作ってくる。

(1と3が上手に捌ける。2は、軍艦のほうを見ながら岩の中に入ったり、
 出てみたりして、軍艦から見られているかどうか、試している。腕を組んで仁王立ち)

 

 

兵隊2
艦砲射撃で吹き飛ばされるにしても、火炎放射器で焼かれるにしても、
最後にぼたもちを喰って死ねたら、本望だ。

 

 

兵隊1
ぼたもちができたぞ。(3人、ぼたもちを手に、顔を見合わせる。無表情)

兵隊2
おお、久しぶりだな。せっかくだ、ゆっくり味わって喰おう。(控えめ)

兵隊3
そうだな。もう、今生の別れだ(1と2を見る)。ゆっくり喰おう。

兵隊1いや、……まだ戦争は終わっていない。
(沖を見る)さっさと食べて防空壕に入ろうや。
おれは先に入るぞ。’(といって、上手に入る)

兵隊2
おう、そんなに慌てることはないよ。ああ、うまい。(演技は控えめ)

兵隊3
そうだよ。ゆっくり喰おうや。ああ、これはうまい。本当にうまい。

 兵隊2と3、食べるのをやめて、遠く(海)を見る。(死ぬ予兆を思わせる)
 砲撃の音。
 兵隊2と3が倒れる。

兵隊1
お前たち! 大丈夫か?! (と慌てて、上手から出てくる)
(兵隊2を見て)……死んだ。

 1人は死んでいる。はっと振り返ると、もう1人は生きている。

 

 

兵隊3
痛い、痛い、痛い……。(演技は控えめ)

兵隊1
大丈夫だ、しっかりしろ!

兵隊3
いや、俺はもうダメだ。
腸(はらわた)が吹き飛ばされた。
俺は先に逝く。悪いが……、俺を……、俺を手榴弾で死なせてくれ。

兵隊1
わかった。(手榴弾を手にしてから)……何か、言い残すことは、ないか。

兵隊3
ない! (堂々とした感じで)やってくれ! 

(兵隊1は手榴弾を手にして、レバーを引き抜いて3の頭の後ろに入れる。
 兵隊1は下がる。効果音、ボンッ。兵隊3は頭が上に飛び跳ねて絶命)

兵隊1
……。(立ち上がり、沖を見たあと、無念さを込めて顔を伏せる)

 舞台下手に灯り。舞台上手は灯りを消す。消えたら兵隊ははける。
 下手の中にとうこ。

とうこ
これが、おじいちゃんが話してくれたテニアン島だったんだ。
おじいちゃんは、テニアン島が米軍に占領されてからも、
4か月もの間、投降せず、ほとんどの仲間を失った末に、
幸運にも生き残り、日本に帰ることができた。

 

演奏 『Inspiration』(青春の詩までBGM)
――Gipsy Kings

【編成】アコースティックギター2名

 

市ヶ谷博士
第二次世界大戦では、日本人の死者数は310万人。
第二次世界対戦で命を落とした人は、世界中で6474万人もいた。

たかお
その人たちは、なんのために死ななきゃならなかったんだ。
たった1回の戦争で、6000万人以上も死ぬなんて……。

市ヶ谷博士
西暦1500年ごろまで、
人類にとって、地球は想像を絶するほどに広かった。
イギリス、ポルトガル、スペイン、フランス……、
大型船の技術と鉄砲、銃器を持った西洋人たちは、
世界中に船出し、次々に植民地を作っていった。
その植民地を奪い合う最後の闘いが、あの大戦争だった。
豊かになることが幸せになること、と信じられていたんだ。

とうこ
いま、ウクライナが攻め込まれて、
女性や子供まで殺され、建物が壊されているのは、
いったい誰の幸せのためなんでしょうか。
どんなに人を殺しても、誰も幸せにはならないのに……。

生きて帰ってきてくれたおじいちゃんは、
 私達にサミュエル・ウルマンの「青春」という詩を、
  折に触れて、教えてくれた。

 

 

青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞(たくま)しき意志、炎ゆる情熱、
怯える心を退ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、
こういう様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
   ……
人は信念と共に若く  疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く  恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く   失望と共に老い朽ちる

 

演奏 『Deep Water』
――The American Authors

【編成】ボーカル、サイドボーカル2名、アコースティックギター、キーボード2名、ウィンドシンセサイザー、ベース、ドラムス
コーラスと隊列のダンス

肩書きや一般論を追う中で、君という高波にぶち当たった
もう 浅瀬にはいられない そうだろ
燃える炎を欲しがるのに、火傷することは嫌がってる それじゃまるで子供だ
僕自身が自分の価値を 真に理解しないままで

どうして自分の生きる意味を見つけられると言うのか
僕は決して一人じゃない 

海の底に引き込まれ、降りていく時 君が僕を強くしてくれる
打ち寄せては引く波、 決して同じ姿にはならない波のように
いつだって変化を恐れない 新しい自分になっていくんだ

***

 

 

【盛男おじいちゃん】

 

 なのはなファミリーは、今から18年前に、美作市の岩見田でスタートしました。
 その最初の場所となる山小屋のオーナーが、有元盛男さん、私たちの大好きな盛男おじいちゃんです。
 なのはなファミリーの設立当初から、ずっとなのはなファミリーを応援し、支えてくださいました。

 

 その大切なおじいちゃんを、私たちは今年1月25日に亡くしました。

 

 盛男おじいちゃんはいつも、来年は何を植えよう、次はこれを試してみよう、と、いつも未来をイメージしながら、私たちに農作業や様々な知恵や知識を教えてくださいました。

 

 今回のコンサートの核となる、
「誰が、何のために、宇宙を始めたのか。
 その答えは、人間の美しい心を生み出すため」
 まだストーリーはできていない12月に、そのことをお伝えしたとき、
 盛男おじいちゃんは、
「素晴らしい。必ずとても良いコンサートになる」
 と、とても楽しみにして下さいました。

 今回のコンサートは、おじいちゃんへの追悼コンサートの気持ちを込めました。
 おじいちゃんに教えていただいた志、
 サミュエル・ウルマンの『青春』の詩、
 おじいちゃんが体験され話して下さった戦争の記憶。
 永遠となったおじいちゃんの生き方を私たちは受け継ぎ、
 おじいちゃんに恥ずかしくないように生きていきます。

 

▶【前半 その3へ続く】

 

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