4月10日(日)「愛の世界を共に見つめて ―― スプリングコンサート〈前半〉」

4月10日のなのはな〈前半〉

 

「愛の、世界に!」
 私たちが求めていく、愛に溢れた世界。
 私たちが作っていく、愛に溢れた世界。
 3時間半の旅を終えたとき、ステージに立つ私たちと、見て下さるお客様が、確かに同じ世界を見つめていました。人が求める愛情に溢れた幸せな世界を、見つめていました。

「私たちが愛のある世界を作っていきます。みなさんと共に作っていきます」
 その決意と約束をお客様と確かに交わし、コンサートは幕を閉じました。

 なのはなファミリーのスプリングコンサートは、多くの人たちの協力と応援を受けて、大盛況のうちに終わりました。
 2年4か月ぶりの、オリジナルの音楽劇による単独のコンサートです。

 

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〈会場の勝央文化ホールへ、10時をまわった頃からたくさんのお客様が来てくださいました〉

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〈衆議院議員、参議院議員、県議会議員、近隣の市町村長の方々より祝電を頂きました〉

 

 お正月明けに本格的なダンス練習が始まり、2月半ばに脚本の第一稿が書き上がりました。
 紙の上に書かれた、二次元の物語の世界。
 それが、役者が動き、演奏とダンスによって彩られ、舞台背景や照明によって光と奥行きが生まれ、物語の世界は三次元の世界へと構築されていきました。

 そして練習を重ねていくごとに、物語はフィクションではなく、ノンフィクションとなっていきました。演じるけれど、演じない、私たち一人ひとりが主人公の、私たちの生き方そのものの物語になっていきました。

 登場人物たちがいだく哀しみや辛さ。
 生きる意味を見失ってもなお、ぎりぎりのところでどこかに答えがあるのではないかと光を求めていた気持ち。
 誰も信じるものかと頑なに思いながら、本当は求めていたあたたかく、優しい人との関係。
 私たちは、それぞれが主人公となって、ステージに立ちました。

 

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 そして今回のコンサートは、なのはなファミリーを18年間支えてくださった盛男おじいちゃんこと、有元盛男さんの追悼コンサートでもあります。
 18年前、美作市岩見田の山小屋ではじまったなのはなファミリー。
 その山小屋を提供してくださった盛男おじいちゃんとの出会いがあったから、いまのなのはなファミリーがあり、いまの私がいます。

 盛男おじいちゃんは、お米や野菜作りといった農業の指導をはじめ、なのはなファミリーの活動においてたくさんの知恵と経験を私たちに伝えて、支えてくださいました。
 私も、盛男おじいちゃんと一緒に山に入って木を伐採し椎茸を植え付けたときのこと、キャンプで山を歩き、私の知らない木々や植物の世界に触れたときのことなど、いくつもの鮮やかで豊かな経験が心にあります。

 おじいちゃんの生きる姿から学んだこと。
 いつも未来を思い描いて、自分がなにをできるのか、なにをなすべきなのか、と考えて、生きること。逃げずに、信念を持って、生きること。
 年を重ねても、過去の思い出の中で生きるのではなく、いつでも今を生き、未来のために自分の命を使って生きていくことを、私は盛男おじいちゃんから教えてもらいました。
 意味のある生き方にしたいと願ったとき、そこに年齢は関係なく、誰のために、どんな時間軸で生きているのかがなによりも大切なのだと思いました。

 

 

「宇宙をテーマにしたい」
 そんなお話をしたとき、おじいちゃんはきっといい話になるだろう、と喜んでくださいました。

 おじいちゃんは今年の1月25日に亡くなりました。亡くなる3日前に、なのはなに電話を下さいました。
「なのはなファミリーに出会えて、幸せな人生でした」
 出会えて幸せでした、そう伝えたいのは、私たちからです。なのはながなかったら、おじいちゃんがつないでくださった縁がなかったら、今この仲間と生きている私はいません。

 盛男おじいちゃんが、楽しみにしてくださったコンサート。
 物語には、おじいちゃんが私たちに伝えてくださった、戦争での経験も、盛り込みました。奇しくもコンサートの準備中に、ロシアのウクライナ侵攻が始りました。誰の幸せのための戦いなのだろう、多くの人の命が失われる戦争を、長い歴史の中で人は繰り返すのはなぜなのだろう。

 宇宙はなぜ存在し、人はなんのために生まれたのかいう問いの答えを求める旅の過程で、戦争のお話も大事なシーンとして私たちは表現しました。
 きっと本番のステージは、おじいちゃんが見守ってくれているから、そのおじいちゃんへの感謝と、見つけた答えを伝えたいという強い思いを持って、私たちはこの日を迎えました。

 

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 約3か月間の練習・準備を経て、いよいよ、本番です。
 本番のステージには、たくさんのボランティアの方たちと卒業生の力が集まりました。
 数週間前からなのはなに来てくださり、大道具や小道具、そして照明の調光卓を担当してくださった大竹さん。ビデオ撮影には正田さん。スポット照明には白井さん、写真撮影には岡本さん、忠政さん。
 そしてコンサートでは東京から毎回かけつけてくださる、カメラマンの中嶌さんと岡さん。
 文化ホールの竹内さんには、ホール入りしてからの準備、照明の仕込みをはじめ、勝央金時太鼓のご指導など様々な面でお力添えをいただきました。
 卒業生もたくさん帰ってきてくれて、ダンスに加わってくれたり、グッズの販売や受付、ビデオやカメラなど、いたるところに仲間の存在がありました。

 

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『宇宙』がテーマだったからでしょうか。
 まるで宇宙に散らばる星々たちが、この日のためにこの場所に集まったようだ、と私は思いました。
 普段は距離が離れているけれど、同じ気持ちで生き、それぞれの場所で希望を持って輝く星々。それが私たちの仲間です。
 4月10日という1日に、星々は勝央文化ホールに奇跡的に集まったのです。
 確かな意図を持って、1点にぎゅっと集まり、ひとつかたまりとなる無数の星。
 まるでビッグバンの逆のように。
 一人の人間という小さな星が放つ光が、こんなにもたくさん集まったとき、その光は人の心を動かし、世の中を動かず一歩となるほどに強く大きな光を放つに違いない、そんなことを私は思いました。

 

 13時、開演です。主人公のとうこが、スポットライトをあびで幕前に立ちます。
「おじいちゃん、聞こえていますか?」
 とうこは、問いかけます。
「盛男おじいちゃんから教えてもらったことを手がかりに、人はなんのために作られ、何のために生きるのか、仲間とともに、会場に来てくださったみなさんとともに、その答えを探す旅に、出ます!」

 

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 幕が開き、1曲目の『マディ・ウォーターズ』がはじまります。
 ダンサー全員が、ひとつの意志を持った生き物のように踊ります。振り付けには、両手を組み祈りを捧げるものがあります。おじいちゃんへの追悼の思いを込め、いまこの場所に盛男おじいちゃんの魂があることを思い、この曲を届けました。

 

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 薄暗がりから、重い足取りで出てくる一人の男の子。たかお。
 沈んだ表情で、深い穴をのぞき込みます。
 ややあって、同じように暗い表情で歩いてくる女の子。とうこです。
 空には、大きな月が見えます。

 

 

 そして、もう一人、同じような仲間が――
 思い詰めた表情で穴をのぞき込み、
「わからない、わからない、わからない!」
 と頭を抱えてしゃがみこむのは、てつおです

 大事な人を亡くし、虚しくてたまらなくなった、とうこ。
 人間はいつか死ぬのに、なんで生まれてくるんだろう?
 なんのために、この宇宙があるんだろう?
 そんな疑問を持って、この場所に彷徨いたどり着いた。

 あんたは疫病神だ、あんたさえ生まれてこなければ、と母親に言われ続けてきた、たかお。
 自分が存在していることを否定され続け、自信をなくしてしまい、家族の視線に耐えながら大学中退で無職のまま5年間を過ごしている。そして、居場所をどこにもなくし、とぼとぼとパワースポットと呼ばれる場所にやってきた。

 そして、てつお。母子共依存の引きこもり。
 いじめに合い学校に行くのをやめた彼は、生まれてきた意味がわからず、生まれてこなければ良かったと思っている。

 

 

 自分は、なぜ生まれてきたのか?
 この広い宇宙に生まれ落ちたこの命は、なんのためにあるのか?
 その答えを見失い、生きる気力をほとんどなくした、『おさらば3人組』。
 彼らは、私たち自身です。
 そして、世界中にいるであろう、『私はなんのために生まれたのだろう?』と思う多くの人たち自身です。

 私も、なのはなにくるまで、生きる意味が分からず常に“ここ”からおさらばしたいと考えて、生の淵からその深淵を見つめていました。とうこたちと同じ思いを抱いて生きてきました。
 そして、戦争のさなかにあり、誇りをもって戦う人たち、あるいは犠牲となって命を落としていく人たちを思うと、なんのために人は生まれたのだろう? と考えざるを得ません。

 私たちは、他人事ではない自分自身の問題として、いまの社会の問題としてこの物語を表現したいと思ってきました。
 きっと、客席の中には、私はとうこだ、私はたかおだ、私はてつおだ、と重ねて共感してみてくれる人がいる、たった一人でもそういう人がいたら、その人に届けたいと思いました。

 

 

 3人の生い立ち、何に悩み、どんなことを考えて生きてきたのか、そして今なにを思いそのパワースポットにたどり着いたのか。役者の3人が、役に深く向き合い作り上げてきた、とうこ、たかお、てつおの3人です。練習を積み重ねる中で、3人の関係もリアルなものとしてできあがっていきました。

 脚本に書かれていない気持ちを掘り下げ、それぞれのキャラクターの輪郭をはっきりとさせていき、言葉(セリフ)にはなっていないけれど3人を包む空気や表情で、お互いの距離感を表現しました。それは、ともに積み重ねてきた練習の時間が生み出したものです。

 たかおのコミカルな動きも、客席からの反応がよく、一緒に練習をしてきた私もうれしかったです。
 今回の劇に出てくる魅力的な人物たちそれぞれに、ファンができていたらいいなと思いました。

 

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 さて、偶然か必然か、パワースポットで出会った3人。
 美しい夜空を眺めていると、大きな火球が落ちてきます。ドーンという爆音と共に、鋭くなる笛の音。

 何かに追われ、女の子がかけてきます。
 その手に剣を持ち、見定めるように3人を見つめると、意を決したようにその剣をとうこたち3人に託して、走り去っていきます。

 

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 この物語の、もう一人の主人公、リーゼル。
 何者かに追われた彼女は、いったい何者なのか? 別次元に来たという追手の言葉の意味は?
 そして、その託された剣にはどんな意味があるのだろう?

 リーゼルとなったれいこちゃんが、一輪車に乗って踊ります。『リライト・ザ・スターズ』。
 オレンジ色の旗を掲げ、見る人の心をふるいたたせるように、強く明るく、勇気ある表情でリーゼルは舞います。

 

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 3人組は、リーゼルの意志ある強い瞳が、心に残ります。何かを求め、訴えるような切実な瞳。
 そして何かが起こるわくわく感を久しぶりに感じます。
 まずはこの剣を調べよう、と3人は、とうこの通う大学の市ヶ谷博士の研究室へと向かいます。

 私は今回、2人の博士の役を演じました。1人は市ヶ谷博士、もう1人は、後半に登場するアルベルト・アインシュタイン。ともに、宇宙物理学を研究する博士です。

 

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〈市ヶ谷博士と、助手のアンドロイド“イーダ”〉

 

 ウチュウブツリガクとはなんぞや? というほど、縁のなかった宇宙物理学の世界ですが、テーマが決まり、宇宙のことやアインシュタインのことを調べていくうちに、『わくわく感』を感じました。
 そもそも人間が生まれる前に、人間を育んだ宇宙が生まれた、そしてその宇宙はいつどこから生まれたのか? 命そのものともいえる時間という概念の誕生など、今まで深く追求したことのなかった世界に魅了されました。

 もちろん、とてつもなく深く難しいテーマではありました。
 でも、後半に明かされる、宇宙と人類の誕生の答えとなるアインシュタインの手紙を見つけた時、時代を超えて、私はアインシュタインの思いに自分を重ねることができました。どれだけ深く難しい学問であろうとも、人が生きる上で求める答えというのは、ひとつのところに集約されていくのだと思いました。

 年齢も職業も、国も、時代も違っても、すべての人の営みは、大切な人との愛のある日常、愛する気持ちを大切にしたいという願いにつながるのだと思いました。

 とうこたち3人が自分自身であるのと同様、アインシュタインも、市ヶ谷博士も、リーゼルも、道を求める私自身なのです。

 

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 宇宙物理学者である2人を演じ分けて表現できたか、自分ではわかりません。
 本番が近くなっても、特に実在の人物であるアインシュタインをどのように演じるのか試行錯誤が続きました。お父さんは、演じるのではなく、その人になってしまえばいいのだというお話がありました。

 脚本を読み込み、みんなとの練習の時間を重ね、私はあるべき人物になれるよう祈るような気持ちでした。ホール入り直前の週末の通し練習のとき、(あ、いま私は無理やり演じていない)と感じることができました。たぶん、見ている人には大きな変化はなかっただろうと思います。技術的に、演技を変えたということではなかったからです。アインシュタインが物理学者として歩んできた道や、発見、そしてリーゼルへの思いを、自分のこととして、溶け込ませ、重ね合わせ、アインシュタインになれたのかもしれないと思いました。間に合ったのだ、と思えて本当にうれしかったです。

 

 

 さて、物語は、市ヶ谷博士の研究室へ。
 市ヶ谷博士は、とある発見をします。アインシュタインの相対性理論に似た、新しい発見。
 名付けて『新・相対性理論』。大人時間と子供時間は相対的に違う、空間の広さも大人と子供では違う、ということが、計算式で導き出された、という発見です。

 この理論は、私も体験的に実感できるものでした。
 お父さんが脚本を書いている過程で、別のミーティングで出たお話がヒントとなり、脚本に盛り込まれました。
 この市ヶ谷博士の発見は、ただ時間の長さが違うということだけではなく、この物語の核となる、なぜ人は生まれてきたのか? という疑問に対する答えに近いものとなります。

 

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〈アインシュタインの生まれ変わりだと言う市ヶ谷博士の言葉に続く、『ハッピー・フェイス』〉

 

 私は市ヶ谷博士として、この発見に大きな喜びと、手ごたえを感じました。
 子供時間、大人時間、という呼び名はあるけれど、単純に年齢が進むから時間と空間は狭くなるわけではないという、つまりは生き方の問題なのだ、という本質に、市ヶ谷博士はこのとき気づいていました。

 助手のアンドロイドは、博士の一番の理解者であり、相棒です。
 せいこちゃん演じるイーダ(アンドロイドの名前)に理論を語るとき、たとえ世の中の人が理解できない、と言われても、相棒だけはわかってくれる、という信頼をもって語りました。

 アンドロイド役のせいこちゃんの、絶妙な演技も見どころです。
 目の動かし方、動作が本物のアンドロイドのようで、まさにはまり役でした。

 

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 このシーンは、2人で細かい部分を楽しみながら、作っていきました。
 年齢が進むごとに時間が過ぎるのが早くなっていくのだ、とお客さんに同意を求めるセリフでは、暗闇の中でも、「そうそう、わかるわかる」とうなずいてくださるのを確かに感じました。このお客様との対話、コミュニケーションが、本番の醍醐味です。

 市ヶ谷博士のもとに、学生のとうこちゃんから電話が入ります。
 そう、いままさに、このタイミングでリーゼルから剣を受け取ったという知らせが舞い込みます。
 新しい理論の発見と重なったのは偶然ではない、私が求めてきた答えが導き出されるであろうときがいままさに近づいているのです。

 

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 私は、このときを待っていたんだ!
『アップタウン・ファンク』
 役者陣が勢ぞろいで踊る、自分は最高だ! と自分に太陽が降り注いでいるのを感じながら歌い、踊る1曲。踊りながら、まえちゃんが振付をしてくれたことを思い出します。
 会場を巻き込んで、この人たちについていきたい、と思わせるようなダンスにしたい、と。
 物語はまだ序盤ですが、おさらば3人組、博士、助手、そしてそのあとに登場する役者たち、コーラスのみんなで、客席に向かって、私を見て! さあ、行こう、一緒に行こうじゃないか! というポジティブで耀いオーラを全開で表現することが、物語に勢いをつけます。

 

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 ここで、私にちょっとしたマイクトラブルが発生します。
 しかし、ここまでコンサートの準備で培ったチームワークにより、当たり前のように、みんながフォローしあい、トラブルがトラブルにならずに、進行することができました。
 この場面に限らず、衣装の着替え、役者のセリフなど、舞台上でも舞台裏でも、みんなが周りに気持ちを向け、助け合っていくことがたくさんありました。これは、コンサートだからというのではなく、日々どんなときでも、心配りをし、協力をし、ミスをカバーするだけでなくときには何倍もの力を出していけるように人との関係をとっていくことが、それがお互いさまでみんなで生きていくことなのだと思いました。

 

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 おさらば3人組と市ヶ谷博士、そして、市ヶ谷博士が最近飼い始めたなぞの雑種犬(のふりをしているが実はリーゼルとともにやってきた)“ナナポン”が仲間となり、旅は続きます。
 剣を見た博士は、これは時空を超えられる剣だと見抜きます。
 アインシュタインの生まれ変わりだと思う市ヶ谷博士。宇宙物理学に没頭していた博士は、自分の研究による計算で、そろそろこれがこの世界に別次元から持ってこられるであろうことを予見していました。
 新相対性理論と、この剣を手掛かりに、3人と博士は時空を超えて答えを求めていきます。

 

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〈テナーサキソフォンとキーボード、ドラムによる『キャラバンの到着』で、テニアン島へ向かいます〉

 

 前半の半ばの山場、それが盛男おじいちゃんから聞かせていただいた、テニアン島のシーンと、そこに続く、詩の朗読、そして『ディープ・ウォーター』。
 第二次世界大戦の終わりのころ、テニアン島という南の島で徴兵されたおじいちゃんは、そこで激しい戦いを体験します。ほとんどの仲間の兵隊は戦死し、わずかな生き残りとして、九死に一生を得て帰ってきたおじいちゃん。

 

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 そして、おじいちゃんが大切にしていた、サミュエル・ウルマンの『青春』という詩をとうこが朗読をします。

「青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ――
 年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」

 やよいちゃんの声は、詩の内容そのもののように、逞しい意志と、情熱に満ちていました。

 しんとした客席の空気。まるで、とうことお客様の一人ひとりとが、1対1で向かい合い、目の前の「あなた」に語り掛けているようでした。会場から、「そうだ!」という男性の声が上がります。

「人は信念と共に若く  疑惑と共に老ゆる
 人は自信と共に若く  恐怖と共に老ゆる
 希望ある限り若く   失望と共に老い朽ちる」

 朗読を終えた時、大きな拍手が起きます。
 伝わった。気持ちは、伝わるのだ。その気持ちが本物であるのならば、伝わるのだ。
 詩の内容はもちろんのこと、私たちが盛男おじいちゃんを思う気持ちの強さ、そしておじいちゃんから教えてもらったことを、大事に思い、それを伝えていきたいという真剣な思いが、伝わったのです。

 

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 なのはなのみんなの思いを、やよいちゃんが代表をして語ってくれました。
 やよいちゃんが、この大切な詩をどんな風に読んだらいいのかを考え、あるべき朗読を追い求めてきたかを、その背中に私は感じてきました。

 

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 人の時間は、年齢を重ねていくとどんどんと短くなり、最後の瞬間に永遠となる、と市ヶ谷博士は言います。永遠とは、その人の信念や生きざま、あるいは後に続く世代のために何かを残そうとする生き方が、確かにほかの誰かの心に刻まれ、生かされていくことなのだと私は思います。

 そして、回復し自立することは、未来の自分を信じて、誇りをもって永遠となるように生きることです。
 私たちは、依存を潔く手放して、過去にとらわれず、老ゆることなく、希望と信念と自信をもって、未来を信じて生きていく。おじいちゃんの詩は、私たちが回復していくための詩でもあります。
 盛男おじいちゃんは、なのはなのみんなのなかで生き、そしてこの日会場に来た方々にも伝わり、生き続けていくのです。ありがとう、おじいちゃん。

 

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『ディープ・ウォーター』
 盛男おじいちゃんを思って、私も袖からこの曲に気持ちを込めました。
 美しく、逞しく、信念を持ち生きていくことを思いました。おじいちゃんの存在を確かに感じながら、一緒に生きていく仲間と肩を組み、ひとつになります。

 

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 剣を使って時空を超える市ヶ谷博士。
 サミュエル・ウルマンの詩によって、「人の思いが、時空を操る」という新相対性理論について、博士は確信を持ちます。
 その思いとは、愛、かもしれない。3人と博士、ななぽんは、答えの道標を少しずつ見つけていきいます。

 愛する気持ち、幸せな気持ち、自分も周りの人にも幸せを運ぶ、笑顔。
『レインボウ』のダンスは、そんな笑顔で踊ります。
 お母さんが、笑顔でいるだけで、自分も人も本当に救われるんだよと話してくれたことがあります。
 日々の幸せは、なにか大きな利益を得るとか、大成功をするということではなく、小さな微笑み、誰かが笑顔を向けてくれたり、笑顔を交わしたり、そんな何気ないもののなかにあります。

 

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 研究室では、あの時間がやってきます。日曜日の研究室恒例の、あの時間。
『宇宙不思議発見』というクイズ番組です。
 私たち役者メンバーが思い切り楽しみながら作ったシーンのひとつです。
 穀物、魚介類、野菜、果物。それらの食料が、いま、世界中で毎年20億人分も捨てられているという事実。それをクイズ形式にして伝えます。シリアスな話の中にも、遊びを要所に盛り込んで、緩急をつけた演出でお客様を楽しませたい、という思いです。

 

 

 人の国のものを奪ってでも豊かになろうとして、人類。そこに幸せがあると信じられてきた長い歴史があります。しかし、いま世界の7人に6人が不安を感じています。
 日本に生まれて育った私たちは、あたたかな愛情のある生活をしてきたのだろうか?
 博士は、たかおとてつおに、問います。
 自分の家は普通で、社会に出られなくなてしまったのは、自分が悪いからだ、と2人は言います。
 では、子供のころの様子を見てみよう。4人とななぽんは、2人の小学校1年生のころの世界にワープします。

 

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『エイント・ユア・ママ』から、それぞれの家庭へとつながります。
 リビングに聞こえるのは、テレビの音。
 会話もなく、視線を合わせることもない、家族。てつおの家族です。
 子供のてつおは、「このコロッケおいしいね」と話しかけますが、誰も答えてはくれません。

 

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 同じ場所にいるのに、バラバラな家族。てつおは、そんな家庭で育ち、いつのまにか自分の中にもう一人の自分を作って、対話をするようになります。
「おいしいね」「そうだね、おいしいね」
 たったこれだけのこと、と思ってしまいがちですが、本当はなによりも大切な、家族の会話。
 それが失われた家庭。父親はゲームへ、姉はスマホに、母はテレビに向かい、誰一人として、家族を見ていません。

 そして、たかおの家族はというと、同じように、父親も母親も、お互いに会話を楽しみ、その日あったことを語らい、食事をするということがありません。

 

 

 いつも疲れたといって寝転ぶ母親。勝手におやつを食べなさい、進研ゼミをしなさい。そんなものを与えておけばいいと思って、母親らしい、人間らしい愛情を向けることはありません。
 父親も子供をうっとうしく思い、仕事を終えて帰るとすぐに自分の部屋に行きます。

 

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 それでも母親なのか? こんなの家庭じゃない! 家族じゃない!
 いま初めて気づいた自分たちの家庭の本当の姿、あのとき怒れなかった怒りが、たかおの中で爆発します。

『グレイテスト』
 私たちは、怒ってよかったんだ。普通じゃなかった、家族。優しさも愛情もなかった家庭。
 このシーンの中にいると、たかおとてつおの怒りは私の怒りだったのだと強く思います。
 普通だと思っていたけれど、普通じゃなかった。
 なぜ、自分は普通の家庭で育ち、幸せだったと思ってきたのだろうか。
 病気になったのも、社会に出られなくなったのも、自分が悪かったと思い続けてきた私です。

 

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 なのはなで、お父さんとお母さんに、社会の構造の問題なのだと教えてもらいました。
 生きにくさを感じてしまう時代背景があり、その時代背景のもと、家族の関係もあるべきものから崩れてしまっています。
 はじめて、自分の家族と、自分自身が感じてきた本当の気持ちと向き合った、とうこ、たかお、てつお。

 てつおを演じるさきちゃんの声で、私たちの思いを会場に響かせます。

「僕はわからない。普通がどんな家庭なのか。愛情がどんなものか、わからない。
 僕は何のために生きているのか。人は何を目標に生きて行くものなのか。
 気付いていたよ。僕の周りの人たちは、誰1人として幸せじゃない……。
 じゃあ、人類が生きているこの世界、この宇宙はなんのために存在している?
 博士、人類はなぜ、生まれたんですか」

 

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 生きる意味が分からないのならば、こんな世界にはいられない。
 それならいっそ、あの場所でおさらばだ!

 果たして、おさらば3人組は、あのパワースポットに戻ってしまうのか。
 生きる意味を求める、博士とナナポンとの旅は、どこへ向かうのか。

 私はいま何のために生き、あるいは生かされているのか。
 ささげた両手に、救い上げた美しい聖なる水が輝き伝っていく、そんな神聖なダンスとなる『ホーリー・ウォーター』で前半は幕を閉じます。

 

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【→4月10日のなのはな 後半へ続きます】