「足元に」 ほし

4月9日

 あっという間に、明日が本番の日になりました。
 ホールで通しをさせてもらう中で、脚本の言葉の意味や、そのことが、今まで断片的にしか理解出来ていなかったところが、見えてきたところがありました。

 今まで、必死になって、理解できていなかったけど、ホールの客席から舞台を見ると、役者の一人、一人の存在感が強くて、バンドメンバーの衣装も、佇まいも、キラキラとしていて、物凄くかっこよかったし、照明がつくと、その世界観に引き込まれて行くようで、鳥肌が立ちました。
 落ち着いてみることもなかったので、見させてもらうと、自分がどういう気持ちでいるべきか、と考えさせてもらう機会になりました。

 私は、いつも間違えないように、間違えて疑われないように、要領が悪く迷惑な人に見せないようにと思うようになっていて、いつもその不安や怖さを引きずっていて、いつしか、そのことでしか生きられなくなっていました。
 今日も、少し、ゲネプロで気持ちが高ぶって、気が回らなくなって、ちょっとした失敗をして、注意されてしまって、しばらく心臓の鼓動が、ずっと大きく鳴って、動くのが苦しくなってしまいました。
 誰にも攻撃されないように、落とされないように、頭の中はいつもパニック状態で、落ち着いた状態が難しくて、言われたこともその場の状況も、正しく認識できずにいたり、人と話すのにも、今もまだ怖さの方が勝ってしまって、ちょっとしたことで、酷く気持ちが上下して、意味不明に疲れてしまいます。

 人と温かい関係を築くこと、楽しい時間、嬉しい気持ちを誰かと一緒に過ごすことがないがしろになって、嫌われない自分を演じるだけで、いつもきゅうきゅうとして、苦しい気持ちで、抜けのない完璧な自分を演じる依存に取りつかれていた時期もありました。
 でも、それは、幸せなこと、とは、程遠い生き方になっていました。
 それでは、違ったんです。

 でも、今回、てつおファミリーのシーンをさせてもらうことになって、特に、ソロモン王の言葉でのシーンが、まさにダークマターが私にくれたものだと思いました。

 ダークマターが、私に欠けていたものを、教えてくれようとしてくれたのだと思いました。

 また、コンサートにあたって、卒業生のみんながぞくぞくと、帰ってきてくれて、さとえちゃんや、子どもさんを連れたさらちゃんが、心の底からの温かい笑顔を向けてくれました。
 朝の水やりにも、しほちゃんやえりさちゃんの姿があって、「やったー畑だ」と言いながら、畑まで駆けていく時間が、満たされました。
 そのことが、本当に幸せな事だな、と思いました。

 私は、一度、人とぶつかったら、そこでおしまい、と思ってしまっていました。
 けれど、そんな時もあったけれど、今は、それも笑い話にできるはずです。
 そのときは、グサッとくるかもしれないけれど、そんな時も乗り越えて、お互いのことを深く知って、家族となるのだと思いました。
 信頼を築いていくのだと思いました。
 今は、みんなのことが、大好きだ、とはっきり言えます。

 脚本の中にある言葉、自分たちの存在は、自分だけのものではない。愛を生み出す役割を担っている。
 愛には、大きいも小さいもなくて、足元にあるだけ。

 そのために、生きているのだから、そのためだけに生きたらいい、そう思いました。

 お母さんが、ソロモン王のシーンで、「4人の表情を見ていると涙が出そう」と話してくれて、私は、はっとしました。
 落ちこぼれている暇なんて、ないんだ、と思いました。
 私は、みんなと、なのはなのステージを、深い感動のあるものにします!