「目の前の幸せを見つめる」 ひろこ

4月4日

 明日から全員でのホール入りです。今の自分の思うことを文章にします。

○回復への答え
 今回のコンサートの脚本は、お父さんお母さんが私達に、人はどう生きるべきか。幸せとは何か。私達が回復するにあたっての答えを脚本を通して示して下さっているのだと感じます。その意味をきちんと自分の中に落とし込み、お客様に伝えるのだと思いました。自分がそう生きて、広げていくのだと思いました。

 回復にあたって、“欲”が自分の回復を邪魔していると強く感じています。誰かの為に動きたい気持ちよりも、自分の欲が優先すると、人に100パーセントの気持ちで動けなくなってしまう。自分を守ってしまう。良い働きが出来なくなってしまう。周りが見えなくなって、人も大切に出来なくなってしまう。

 欲があればあるほど、苦しくなり、幸せとは遠ざかる。将来の100を夢見て、いつかいつか、と追い求め、自分も、家族も犠牲にし、目の前にある幸せを受け取ろうとせず、通り過ぎるようにして、先送りする。それを大人は子供にまで強要するようになっている。それが、今の世の中であり、自分もその価値観の中で生きてしまっていた、だから幸せを感じることが出来なかったのだと思いました。

 幸せとは、何か高価なものを手に入れること、お金持ちになること、有名になることではありません。
 脚本には、こうあります。人は空しいところから生まれ、空しいところに還っていく。その中でやれること、出来ることとは何か。空しさを嘆くことではなく、目の前の楽しみをありのままに受け取り、そして、与えられた肉体を使って人の為に尽くし、その労働を楽しみながら深い眠りを得る。
 親しい人と食べること、のむこと、会話を楽しむ事。そこには、自ずと穏やかな心、優しい心が生まれ、その優しさが次々と広がっていく。あえて向上心と言わなくても、人は、幸せな心でいたなら、導かれるように、モラルを高めていける。むしろ、先を急げば急ぐほど、道を間違える。

 時々、苦しくなるとき、楽しめない気持ちになるときがあるけれど、その答えがここにあり、自分にとって、とても大きな答えだと感じました。
 何がどれだけ出来るか。出来るできないじゃない。今の状況で一番のベストを尽くす。そして、味わい。楽しむ。お互いの存在を大切に思い合い、人と人との間にある幸せを感じる。それは、いつかやってくるものではない。追い求めて手に入れるものではない。足元にある。日々の生活のなかにたくさん散りばめられていて、その幸せを感じられるか否かは自分の心次第なのだと思います。そして、日常の中の小さな喜び、幸せを積み重ね、幸せのその日暮らしをしていく、それ以上も以下もない。それだけで良いのだと思いました。

 また、もう1つ印象的な言葉があります。それは、私達の存在は私達だけのものではない、ということ。大きな想像もつかないような大きなものの中で、私達は“愛”を生み出す役割を担っている。愛は、大きいも小さいもなく、ただ足元にあるだけ。その全てを知ろうとはせず、ただ目の前の幸せを見つめる。

 私の心に失っていたもの、求めていたのに得られなかったものは、愛だったのだと思いました。親が子供に一番与えるべきなものは愛だった。そして、子供が親に一番求めているものは愛だった。そして自分自身もそうだった。でもそれが叶わなかった。そして私の心にぽっかりと穴があいてしまった。
 しかし、これまでの悔しさもバネとし、私はなのはなで生まれ変わり、心の穴を埋め、世界を救うために、愛情ある溢れる人になり、愛を生み出すのだと思いました。

 目の前の、足元にある幸せを見つめる。それが、先日のお父さんのお話にあった、凡事徹底とも繋がるように感じました。

○練習で感じたこと
 普段の生活の自分が、ステージに上がったとき、(通し練習の時等)、出てしまう。自分がどれだけ真剣に向かっているかも、全てが行動に表れるのだと思いました。コンサートに向けて、ダンスやコーラス、楽器の練習をするけれど、それは、ただの練習では無くて、その中で、自分達が回復する上で、生きる上での大切なことを教えて貰っているのだ、回復の手段なのだということを強く感じました。

 得にあゆちゃんとのコーラス練習が心に残っています。各曲の和訳をあゆちゃんがして下さり、それは、自分達自身の気持ちでもありました。あゆちゃんだから訳せる。あゆちゃんが、私達を自分以上に理解して下さっていることを感じました。そんなあゆちゃんの気持ちがとても嬉しいと思いましたし、そのあゆちゃんの思いをくじくことのないよう、精一杯でコンサートに向かっていきたいという気持ちにさせてもらいました。それが、自分一人じゃなくて、みんな同じ気持ちにだったと言葉を交わさなくても感じました。その一体感が、とても心地良く感じました。自分の大きなエネルギーとなって、勇気となって、自分を強くしてくれました。
 
 踊っても、歌っても、今の自分が出るように感じました。気持ちの粘り、キレ、メリハリ、深さ。時に自分が恥ずかしくなりました。指摘されると反発したくなる気持ちになることもありました。でもその時、そんな自分を変えるのだと思いました。自分の間違いや、未熟な所を知り、直す。その練習でもあるのだと思いました。

 最後の通し練習の時、着替えが遅かったり、舞台袖での行動がステージの空気を壊してしまうものとなってしまった。自分も、意識が低かったと思いました。それも、普段の心持ちの乱れだと感じました。
 自分は、コンサートの経験が多い方なのに、みんなを引っ張って行く役割を果たせていませんでした。それは、情けないことだと感じました。その甘さが普段の自分の甘さなのだなと思いました。普段の気の緩み、意識の低さがそのまま出てしまったのだと思いました。
 
 このままでは、絶対いけない。自分は回復するために、自立をし、世の中を変える為に回復をするのに、何をやっているのだと目が覚める思いがしました。
 お父さんお母さんが全身全霊で私達と向き合って下さり、お父さんお母さんたくさんの卒業生が築き、繋げて来て下さったなのはなファミリー。たくさんの方にご支援頂いていて、コンサートを楽しみにして下さる方がたくさんいるのも、これまでの先輩方のおかげです。そんななのはなファミリーを崩すわけにはいきません。

 
○ホール入りにあたって
 私は、なのはなの子として誇りと責任を持って行動します。
 凡事徹底。時間を守る。挨拶をきちんとする。身の回りの整理整頓、掃除をきちんとする。なくし物、忘れ物を一切しない。きちんと自己管理をする。誰かの後についていくのではなく、きちんとスケジュールを把握し、持ち物を把握し、自分の意志で行動する。テキパキと行動、仕事をする。

 場ミリでは、素早く自分の立ち位置に立ち、あるべき場所に立つ。周りを感じて、アンテナを常に張っている。
 通しでは、今、劇で役者が何を言っているか、空で言える気持ちでいる。常に舞台を見、着替えている時も感じ、一体化する。(役者は、自分の一部と思っている)
 脚本を読み込むこと、歌やギター、ダンス、出来ることは最後まで練習し、より良くしていく。
 自分がどこまで真剣に向かっていくかが、自分の成長だけでなく、なのはなに関わり、そして、みんなにも関わっていることを忘れない。みんなと手を繋いで良いコンサートにし、全員で成功体験を得て、みんなでごろんと一段上へといきたい。

 今の気持ちを胸に、コンサートに向かっていきます。そして、最後の曲、『バード・セット・フリー』に、自分がこう生きますという気持ちを全身全霊で歌います。