「精一杯の外向きさで」 りんね

4月1日

 今日の午前の合わせの最後に、お父さんから『凡事徹底』という言葉を教えてもらいました。
 高校野球で、圧倒的に強いチームの監督が、「うまいわけではないけれど、凡事徹底ができている。今まででも一番いいチームだと思います」と話していたそうです。
 『凡事徹底』とは、当たり前のことを、徹底すること。
 はっきりとした挨拶。衣装を、素早く、美しくしまうこと。普段の作業や掃除でも、常にてきぱきと動くこと。表情をしっかりと作ること。
 ダンスをうまく踊れなくても、そういった当たり前のことを、当たり前にすることが一番大切だと、教えてもらいました。

 また、その後の練習で、あゆちゃんに『バード・セット・フリー』のダンスを見てもらったときも、そのことに繋がることを教えてもらいました。
 ダンスを踊る表情には、普段の心持がそのまま表れるということ。
 私は、上瞼を開きすぎていて、まっすぐに視線を見ることができていないことを、教えてもらいました。

 太鼓のときもそうだったように、りなちゃんの表情は、弱くはなく、上から目線でも、笑いすぎているわけでもないけれど、どこまでもきれいな心だけが表れている。
 私も、太鼓のコンサートのとき、りなちゃんの表情にぐっと胸を打たれて、ただただきれいで、涙が出てきたことを思い出しました。

 あゆちゃんから、表情が定まらない人は、ちゃんと、目線の先の景色を具体的にして、見ることが必要だと教えてもらいました。
 どんなに未熟でも、その景色をはっきりと心に持って、精一杯表現すること。それが尊いことでした。
 未熟でも、自分なりに考えて、自分たちが作りたい世界を、書きます。

 欲がない。笑顔と、朗らかで温かい心遣いや、明るく、はっきりとした、優しい言葉で溢れている。
 お互いの足りないことを埋め合うように、いつも自分に出来ることを精一杯行う。凡事徹底。常にてきぱきと動き、外向きであり続ける。力を出し惜しまない。そして、いつでも自分をゼロにすることができる。
 仲間を大切に思う。
 自分は何か使命を持って産まれてきたことを信じる。ダークマターの存在を信じ、いい意味でなるようになる。焦らず、目の前の役割に、一生懸命、誠実に向き合い続ける。

 そんなイメージを、言葉にして書いたものの、言葉だけでは、景色として描くことが、できないのだと感じました。
 夜のダンス練習で、明らかにおかしい表情ではなくなったけれど、まだ、透明感のあるまっすぐな表情、ということが掴めませんでした。
 あゆちゃんや、りなちゃんや、やよいちゃんたち、いつもはきはきとした声で、自信を持って明るく毎日を積み重ねている人が、こういう場であるべき表現ができるのだと、思いました。
 私は、一生懸命ではあったけれど、どこかまだ、靄がかったような感覚、自分に自信が持てない感覚、てきぱきと動くことができない感覚がありました。でも、『凡事徹底』という言葉や、お父さんお母さん、あゆちゃんの話を聞かせてもらって、コンサートまで残りわずかでも、靄を取り払って、明るく、てきぱきと動くことが必要だと、感じました。
 朝起きてから、畑へ出て、朝食を食べて、洗いをして、練習や通しへ向かう。舞台に立っていない時間の自分が、舞台に立つ自分を作る。
 どんなに未熟でも、今の自分に出来る、精一杯の外向きさで、コンサートまで向かっていきたいと思いました。

 

4月2日

 また、この気づきは、スプリングコンサートが終わってからも忘れてはいけません。
 今日の夜の集合では、お父さんが、
「みんなは、人と比べてはいけない。自分なりの全力で、最大のパフォーマンスをしていかないと、生きていくことができなくなっています」
 と教えてくれました。
 もっと外向きに、自信を持って、少しでもなのはなの役に立てるよう、次のウィンターコンサートにつながるような、日々を心がけていきたいと思いました。