「楽しみながら作っていくこと」 まりの

2月24日

 昨日書きたかったことを朝書きます。
 お父さんが書いてくださった脚本を読みました。正直、1回だけだと私の頭にはまだ落とし込めていない状態です。今回の内容、意味が深いと感じます。でも、「宇宙は愛で満ちている」ということ、アインシュタインの手紙は気づかされるものがあります。本当にアインシュタインがそう思っていたのかと思うと、この脚本もコンサートも、もとからあるべきものとして導かれてきたように思うし、自分もそれを知ったからには、利他心を持って生きていく使命があると思わされます。

 おじいちゃんが好きだった『青春』という詩も印象に残ります。ずっと希望をもって生き続けたいと思います。おじいちゃんはずっと青春を生きてきたのだなと思います。 

 環境問題についても考えさせられます。ではどうしたらいいかということで、環境のために二酸化炭素をできるだけ出さない努力も大事だけれど、コヘレトの書にあるように、今一緒にいる人と楽しみながら食事をし、働き、心地よく眠るというただそれだけを1日1日、大切に送るということも繋がるのだと思います。
 そんなふうに謙虚に暮らしていけば優しい心で過ごせ、競争心も持たず、物や生き物に対しての感謝の気持ちが生まれて大事にできる、だから地球にとって良い暮らしができていくのだろうと思いました。

 おじいちゃんの戦争の背景もあり、余計に、自分たちはそういった今を大事に生きる使命がある、少しでも生きている間に優しい世の中に変えていくようにしなければならないと思います。
 たかおやてつおの家庭環境は、私も同じ苦しみ方をして、自分が生まれ育った環境ってどうだったかと考え、そこには優しさもなかった、共に過ごす人と食事し、労働し、会話する楽しみなどなかったなと思います。けれど、それを自分たちは変えていき、自分が家庭を持ったら、労働する楽しみ、家族と会話し食事をする楽しみを一緒に感じられるようになりたいと思います。
 お父さんが書いてくださった脚本を、もっと自分のものにします。

●楽しみながら作っていくこと
 今日も台所メンバーで動いていました。最初、今日のお魚はアカエビで、茹でて食べるということで、台所作業も進んでいるから午後は4時から入るとなっていました。でも、急遽りゅうさんがエビチリを作ってくださることになり、4時半からそのための下ごしらえに入りました。
「今日はちょっと無理じゃない?」「河上さんが良いと仰ったら協力します」
 など、りゅうさんとひろちゃんやまりこちゃんが話す中、自分は心の中で、
(今からはちょっと無理じゃない、ちょっと大変じゃない、食事の時間遅れたり片付け大変になったりしない?)
 など思ってしまいました。

 先週かきあげの準備をしていたときもでしたが、心の隅で、こんなことしていていいのかな、音楽合宿中にとおもってしまう自分がいました。音楽合宿なのだからコンサートと関係のあることをしなければいけない、例えば、台所を早く済ませて、コンサートに必要な選別とか、そういうのに回ったほうが有効的だとかそんな考えが隅にありました。
 台所の自分たちが楽しみながら、手の込んだ料理(りゅうさんがしてくださるのですが、準備は私もやらせてもらったりして)をすることに、こんなときにいいのか? と思ってしまう、こんな時間あっていいのか? と思ってしまうところがありました。
 それはずっとそうでした。ずっとずっと、そうでした。

 でも、夕食の席でお父さん、お母さん、みんな今日のエビチリを喜んでいました。本当に美味しかったです。そして、お母さんは、
「りゅうさんが、みんなが喜んでくれるようにと、毎回美味しい料理を作ってくださることが嬉しい」
「みんなが楽しんで作ってくれることが本当に嬉しい」
 と仰っていました。
 
 こんな場合じゃないという時間なんてないんだ、今、料理することも食べ物をいただくことも、今を目の前の人と楽しんでいいのだと思いました。
 そのときはそこに集中して、ただ周りのみんなと同じように美味しいものを作ろう、食事時間に間に合わそう、そのためにできることをしたい、という気持ちで、楽しみながらやっていったらよかったんだと思いました。

 いつもそうなのだと思います。こんな時間あっていいのか、というのは利他心ではない。1日1日を、先のことを心配せずに、そのときやれることをする、今目の前の人といる時間を大事にする、それがいいと思いました。だから、また台所チームで動くとき、それを心がけようと思います。