「同じ瞳をして」 ちさ

2月12日

 なおちゃんのお誕生日。りかちゃんが帰ってきてくれたこと。そしてお父さんの脚本の土台が完成したこと。あゆちゃんとのコーラスバンド練習。ハウスミーティング。
 嬉しい事盛りだくさんの一日でした。
 あゆちゃんとの『Cure for me』のコーラスとバンドの合わせは、とても濃い時間でした。

 曲の気持ちを教えてくれました。
「傷ついたからといって人を傷つけて良いわけなんてない。そんなの正義じゃない」
「気にしすぎなんだよ、普通にしてあげる、そういって理不尽を認める人たちに対して、あたしはあなたたちとは違う。私がおかしいんじゃない。わかったふりして万能薬をあげるだなんて、そんなのいらないわ。私は新しい世界に行く。ついて来れるものならついて来なさい。
 そういう気持ちを、この曲に乗せて軽やかに歌うんだよ」
 込める気持ちを聞くほど、この曲がどんどん思いが入って、もっともっと弾きたい、という気持ちになりました。

 コーラスに比べ、バンド演奏は直接的に気持ちを込めにくいなと思いました。怒ったり、叫んだりしすぎてはぐちゃぐちゃになって安定感が必要です。だから、どうみんなみたいに気持ちをのせたらいいんだろう、という思いがあったけれど、初めてコーラスと一緒に練習させてもらう中で、自分が伝える必要はないのだと思いました。自分はコーラスやダンスを支える、後押しをするどっしりとした土台になる。その上にコーラス隊のみんなが乗ってくれて、強くおしてくれる。みんなで伝える。そういうことだと思いました。
 
 曲に乗せてやっては止めて、フレーズを何度も練習していました。そのたびに後ろから、みんながあゆちゃんを真っ直ぐ見つめ、一言たりとも聞き逃さない、すべてを吸収したい、という気持ちでいる研ぎ済んだ真剣な空気。いろんな人がいるけれど、みんな同じ瞳をしていて、光が入ってあゆちゃんに向かって強い力がこもっていて、必死に声に思いをのせている。プロのコーラス団なんかでは全然ないけれど、それ以上の気迫と、強い思いと、一体感とがありました。その光景が目に焼き付いています。
 
 プロセスの中でどこまでもいいものを、質の高いものを求めてはいくけれど、究極はそこではなくて、そうあるために同じになる心、目指す場所がとても大事なのだと強く感じました。
 そうやってコンサートを作っていくんだなということを身体中で感じて、そのことがとても嬉しくて、かけがえのない時間だったなと思います。

 今日はハウスミーティングでは、心の奥の子どもで泣いたままの自分に対して、そして歪んでしまった自分に対して、そして未来へ変わろうとしているとても不安定な中間体の自分に対して、どれもが癒され、涙がぽろぽろ出るお話をたくさんしてもらって、とてもとても嬉しかったです。
 書きたかったけれど、時間になってしまったのでまたにします。

 夜はバンドで合わせをします。こんなにも何度も何度も合わせられることがすごくうれしいです。みんなで作っているんだな、というのをすごく感じられます。
 読んでくださりありがとうございました。