「脚本を通して」 ななほ

2月10日

 お父さんが、前半部分の脚本ができたと話して下さり、午後からはスプリングコンサートの脚本の読み合わせをしました。
 主人公のセリフ、場面。最初のシーンから目の前に、文化ホールのステージと紺のサテン布、お月さまの舞台背景が目に浮かぶようで、スッとその世界へ引き込まれていくのを感じました。

 お父さんの脚本には、私たちが求めていた答えが全て、詰まっています。日々の集合でのお話やミーティングでの話とも繋がり、それを誰かのセリフで、実際の場面となると、よりそのお話が深く、深く、自分の中に入ってくるのを感じました。
 役者のみんなのセリフを聞いていても、(ああ、なのはなの脚本だな)と感じるくらい、とても説得力があるし、本当に伝えたいこと、訴えたい事があるということは、美しく尊いことだなと思いました。

 お父さんの脚本が毎年、宝物になり、その脚本の中に散りばめられたキーワード、私たちが自立してちゃんと生きていくために必要な答え、そして、今の時代を生きている人が「そうだったのか」と思い、共感して涙が出るような答えがたくさん詰まっています。それを探し求め、自分の中に入れて生きながらみんなとコンサートに向かっていけるのが嬉しいです。

 お母さんが、
「お父さんは10年前も今も伝えたい事は同じでね、それを、みんなの体験をもとに作れるのは本当に凄いこと、嬉しいことだね。いつも、いっているでしょ。お前さんたちはカナリアなんだよ」
 と話して下さり、その言葉が改めて心に残ったし、嬉しかったです。

 自分たちの体験してきた事、傷、そして回復し自立していく過程が、なのはなファミリーを作っていき、脚本の材料にもなり、私たちがなのはなにいる事で、誰かの希望になるんだと思いました。本当にお父さんの脚本がとても素敵で、役者のみんなの子供時代の所では、涙が出ました。

 当たり前だと思っていた悲劇。当たり前だと思わせられてきたこと、見えなかった事。その事に深く傷ついてきた事。それはなのはなにいるみんなの傷であり、今の世の中では摂食障害の人に限らず、たくさんの子供が、孤独で苦しさを抱えて、不安を持って生きている。それは子供だけではなく、大人も同じなんだなと思いました。

 上手く言葉にできないのですが、お父さんの脚本でみんなとコンサートができるのが嬉しいです。お父さんの脚本を通して、発信していけるのが嬉しいし、なのはなの気持ちが少しでも多くの人に広がり、伝わる人には伝わったらいいなと思うし、この物語に気持ちが救われる人は、数えきれない程いると思いました。

 10分で日記を書いたので、話がごちゃごちゃです。今夜は版画教室があったのですが、版画のほうもコンサートに向けて進んでいます。明日からの音楽合宿も、3日間、みんなと気持ちを揃えて、お父さんの脚本に見合うような、美しく、深く、尊い表現をします。