「みんなの力で理解を深める」 なる

1月20日

 自尊心のミーティング1・2回目を読み回しての感想
 お父さんお母さんのミーティングを聞いて、自分のなかでわかりやすかったところ、印象が強かったところが、強調されて点々と頭や心に残っていたのが、みんなの感想文を読み回すと、何度も何度も繰り返しストーリーとして自分に言い聞かせることになり、読み終わった頃には、内容が繋がってきました。例えると、ミーティングの後は自分に偏った解釈で、そのまま偏った意欲で気持ちが荒れていたのが、読み回しをしたら、偏りが均されて、穏やかに落ち着き、だけど未来を明るく見据えて今立っていられる感覚です。

 みんなの感想文、言葉に引っ張り上げてもらったのだと思います。1回の講義を1人ではたどり着けないところへ、みんなの力で理解を深めることができたと思います。それはそのまま回復を深めると同じことだと思うと、これがみんなで向かえる強みなのだととても嬉しいし、これからもみんなで向かえると思うと大きな気持ちで構えることができます。

 自尊心が羅針盤になるということが、より深く自分に入ってきました。
 自尊心を未来の自分に持つことで、今の自分を離れることができるのだと思いました。今、役に立つか、役割があるか、力を出しているか、私は今を見て自分を肯定していると思います。それは脆くて、刹那的で、不安定だと感じています。
 いつも未来の自分を見て、未来の自分を信じる、未来の自分を尊く思ったら、今の自分にがっかりしなくてよくなるし、よく見せようと気張らなくていいし、結果的に今も認めることができるのだと思います。
 自尊心。未来に向かう羅針盤を持つことで、自分が引っ張ってもらえるのです。
 
 もう一つ、カナリヤを思い描くイメージが具体的になりました。
 カナリヤは、今の時代の苦しさに倒れて、なのはなで息を吹き返し、未来に向かって羽ばたくのです。羽ばたく先にあるのは自尊心で、自尊心に向かって羽ばたく。倒れたままではなく、逃げるのではなく、怒りを原動力にして力強く立ち上がり、新しい境地を目指して仲間と羽ばたくのです。

 私は、特別でないといけない、出来がよくないといけませんでした。思い切り息ができないような状態で生き続けてきました。人と較べて、いつも上、さらに上に追い立てられ、針の先に立たされてもまだ上を求められました。
 もう限界に達し、生きる方向を失い、自分の人生をかけて生きる道にもう一度向かおうとしたとき、私の覚悟は簡単に裏切られ、私は奈落の底へ突き落とされました。人を信じても良いことなんてない、もう大人は信じない、私のこれまではなんのためにあったのか。
 私は苦しいとき、生きる意味がわかりませんでした。何のために生きているのか、生きるのか。生きる意味を求めていました。
 だからこそ、私は生きる意味を明確に持って、同じように生きる意味を求める人に伝えられる生き方をしたいです。

 未来に出会うまだ見ぬ誰かの力になれることを信じて生きること。
 誰かを思うから私自身が未来に向かって生きることができて、そう信じることで私自身が救われているのです。
 簡単に方向転換したのでは悲しすぎます。怒りの深さと同じ深さの覚悟で立ち上がります。立ち上がり、怒りを未来に向かう力にします。能力が低くても、未来に向かって自分の最高の力を尽くして、最高のパフォーマンスで表現して生きる、そのことが、そのまま、自分の思いを果たすことにもなるのだと、みんなの感想文から気付かせてもらいました。

 私たちの目指す世界、生きる姿を見て、ついていきたい、一緒に走りたいと思って、仲間が増えていくように、私も一人のカナリヤとして立ち上がり、自尊心を羅針盤に、未来に向かって走り続けます。