「たった今から」 るりこ

1月16日

○ミーティングで感じたこと
 昨晩と今朝の時間を使って、自尊心のミーティングの講義1・2を受けての作文を書きました。ただ話を聞いて受け流すのではなく、言葉にすることで自分が何を感じたのか整理がついて、より理解が深まる、とお父さんが話してくれましたが、本当にその通りだったと思います。頭の中でごちゃごちゃしていた感情が1つにまとまって、感じたことはたくさんあったけれど、その中でも自分が何を1番に習得したのか、心に落ちたのかをはっきりさせることができました。その理解が完全ではないと思うけれど、現段階の自分の精一杯だと思うし、お父さんが、講義を重ねていく内に初めわからなかった理解が進んでいくよと話してくださったこともあり、今は今で気持ちに整理がつけられていることが嬉しいです。

 詳しくは作文に書きましたが、わたしは講義1・2のなかで、自分が持っていた幸せの定義が間違っていたことと、もう手遅れじゃないかという無念さに対する処理の仕方が見えたことが大きな収穫でした。
 お父さんが、「自分をかんじがらめにしているのは、自分だ」と話してくださったときが特に衝撃が大きくて、本当にそうだったと思いました。

 競争社会のなかで幸せは遠い未来にあると思い込んでしまって、それを今でも、あるようで本当にはない幸せに向かって走っていたと気がつきました。だから思い描くような人生の成功ストーリーに近づけない現状に不満をもったり、自分はできない人間だと否定したり、もう挽回できないと投げやりな感情に押しつぶされていただのと思いました。
 でも自分が思い描く人生の成功が、そもそも大きな勘違いだったことがわかりました。そこに幸せはなかったです。自分勝手で、利己的な成功です。

 さらに思ったことが、良い人生か失敗した人生なのかを評価しているのも、結局は自分の狭い価値観の中でしかないと思いました。
 自尊心が未来に向かっていないのと、誰のための自尊心なのか、ということがないから、目の前しか見えなくて、今がダメだからもう自分は一生ダメだと、自分で決めつけていただけでした。
 
 お父さんは、「今目の前にある幸せ、それが最大の幸せだ」と教えてくれました。毎日の中でみんなと感じる幸せ。畑作業だったり、ダンス練習だったり、リビングで誰かを交わした何気ないやり取りだったり。それが本当の幸せで、それ以上はありませんでした。
 でもわたしはどこか遠い未来に、もっと大きな幸せが隠れているような気がして、心の中では今は準備段階の状態。受験勉強のように、人生のゴールのために今を我慢してしまっていたと思いました。だから自分の人生の主人公になれていないのだとと思いました。

 でもわたしが思う幸せや思い描いていた人生の成功は手放しで喜べるようなもので、利己的で、誰のためでもなかったです。ゴールに行き着いたら、楽に生きられる、もうお終いだと思ってしまっていました。
 だからゴールだと思ったとたん、自分が摂食障害であることを忘れて、普通の人になろうとして、落ちたのだと思います。ちゃんと生きようと誓うような気持ちが消えたとたん、足が引きずり込まれたのだと思います。

 自分がどこで間違えたのかと、未来や幸せに対する定義が誤っていたことが、ようやく自分でもはっきりとわかった気がしました。

 その上で、お父さんが教えてくださった、今目の前にある幸せが最大の幸せという話が心に落ちました。今を幸せになれなかったら、きっとどこに行っても何かしら不満があって、またそこでも未来は幸せになれると勘違いして、今を我慢する生き方をしていくのだと思いました。そして一生、未来は、未来は、と思って我慢、我慢の人生を送って、結局幸せになれなくて死んでいくのだと思いました。

 治ったらゴールじゃないし、自立できたらゴールじゃないし、人並みの生活を送れたらゴールじゃなかったです。
 これからは回復して誰かの役に立っている自分を目指すのではなくて、自分が感じた孤独感や生きづらさに苦しんでいるまだ見ぬ誰かを救うために、一生をかけて、自分も闘い続ける志を忘れないで、たった今から、未来に向かって自尊心を持っていこうと思いました。