「最高のパフォーマンスで」 りな

1月15日

 昨夜のお父さんのミーティングのお話が嬉しかったです。自尊心は、「何に向かって尊い人になるか」その向かう先を決め、未来を信じて意志を持って生きていくことだと教えていただきました。しかし、それが「叶った!」と思ったり、達成するゴールがあるものではないのだと、お父さんのお話を聞いて改めて感じました。
 
 私は、これまでずっと、学校や習い事の中で競争をさせられてきました。人よりも優れていて、一番でないといけないような気がしていました。でも、一番になったとしても、他の人を蹴落としてまでも成績を取らなければならないことが苦しく、志望する中学に入ったら、もうこんな苦しい競争はしなくていいんだ、幸せになれるんだと、ずっとそこが苦しいところから抜けることが出来るゴールだと思っていました。
 今、我慢したら未来が幸せになる、という幸せの先送りをしてずっと過ごしてきてしまったと思いました。その癖がなのはなの子になってもなお、少し残っているのだと自覚できました。

「幸せは、今感じることも先へ追いやってしまうことも出来るんだよ。同じことをしていても、人によって幸せだと思う人や、幸せじゃないと思う人もいる。それは、人生観の違いなんだよ」
 お父さんが話してくださりました。

 幸せは、お金がたくさんあったら感じるものではない。高学歴で、人より優れた立場の人が感じるものでもない。幸せは、日々にたくさん転がっているものなんだと思いました。私は時々、畑作業をみんなで汗かいて力いっぱい動いて、目標を達成したときに、もうこれ以上必要ないというぐらい、心が満たされて幸せだと感じる時があります。そんな、誰の足元にもある、小さな幸せこそが、人生の中で最も大きな幸せなんだと知りました。
 
 その日々の幸せを感じながら生きられない人は、未来になっても自分が幸せにならないし、人を幸せにすることなんてできません。未来に自尊心を持つ。それは、遠くに自分のゴールを作るということではなく、一生をかけて自分の生きる意味にする志なんだと思いました。そして、そんな大きくて広い志を胸に秘めて、日々、目の前の人や物をなおざりにせず、幸せを感じながら生きていくんだと、強く思いました。
 
 以前、お父さんから、「幸せのその日暮らし」を教えてもらいました。その日の小さな幸せを感じながら生きていく。未来に幸せを持ち越しにしたり、過去のことを引き出したりはせず、毎日毎日、駆け引きせずに清算して生きていく。その幸せのその日暮らしが、こんな形で、繋がっていることを知れて、とても嬉しかったし、新たにお父さんのお話を聞いてから、理解が深まったような気がしました。
 
 まだ見ぬ、同じように苦しんでいる人に向かって、希望を与えて、救いになれるような人になります。そして、一生をかけて、もう誰も苦しまないような優しい世界を作るため、求め続ける生き方をします。私はもっと、心を鬼にして強く気持ちを定めないといけないと思いました。
 
 お父さんが、
「どんなに苦しいこと、辛いことも絶対に逃げない。僕は、苦しい気持ちも一つ残らず味わい尽くしてやろうという気持ちでした」
 そう話してくださりました。お父さんの強い意志に、心が動かされて、涙が溢れてきました。

 摂食障害から回復していく、ということは、摂食障害になったことを帳消しにして、新しく人生を歩むことではないのだと思いました。そんなことは、あまりにも虚しく、傷ついた自分が許さないのだと思います。傷ついたからには、傷ついた者としての、使命を持って、最高のパフォーマンスで生きていかないと、すぐに内側の自分が気づいて、症状を出してしまうのだと思いました。
 
 私の人生を取り返してくれ! と叫びたいぐらいの喪失感、絶望感。自分だけ一人どん底に突き落とされて、誰も見向きもしてくれないような孤独感。摂食障害になって感じたマイナスな気持ち、怒り、恨みも全部、なかったことにしないで、真剣に向き合います。そして、そんな苦しさも全て、まだ見ぬ、救いのない人のために還元していきます。そのためなら、摂食障害で苦しんできた過去も無駄にはならないし、深く苦しんできたからこそ、強く生きられるんだと、信じます。
 摂食障害になったことは、マイナスではなくて、プラスです。世の中に危険を知らせるカナリアとして、捨て身の気持ちで、まだ見ぬ生きにくさを抱える人のために生きていきます。