「求めていた答え」 ななほ

1月14日

 

 もうすぐ消灯なので、10分で日記を書きます。

 自尊心のMTでお父さんのお話を聞かせて頂けるのが嬉しいです。

 なのはなに来た時、(どうしてお父さんは、こんなにも私の苦しさを分かるのだろう?)と思っていたのですが、お父さんのお話を聞いたり、お父さんの生きる姿勢を見ていると、お父さんだから分かるんだなと感じます。

 「幸せは今すぐにでも感じられる。そして、みんなが幸せは遠くにあるような気がしてしまうけれど、すぐ目の前にあって、それ以上の幸せはないんだよ」

 お父さんの話が嬉しかったです。

 私は10歳の時、傍から見たらまだ子どもで未来はどこまでも広がっているようだけれど、私の中で未来は無くなっていました。

 「まだ若いんだから何とでもなるよ」

 「まだ子供なんだから、学校に行けなくたって大丈夫だよ」

 いくら大丈夫って言われたって、何とでもなるって言ったって、私の苦しさが無くなる訳ではないし、私が6歳まで戻れるわけでもない、だからと言って保証なんかもいらない。そんな気持ちでいました。
 お父さんが「僕は苦しかった時、自分の苦しさをどこまでも味わいつくして、舐め尽くして、苦しさの分、強く生きてやると思った」と話して下さった時、涙が出ました。
 私もそうあらねばいけないと思ったし、今も、未来もずっと、そうありたいと思いました。
 お父さんは私の知りたい答えを全て持っていて、私の求めていた答えを全て、知っています。というより、味わい尽くしています。
 私はお父さんのようにどこまでも答えを求め続けていたいし、未来を信じて力強く生きたいです。
 なのはなに来る前はもう自分の未来なんて、どうでも良かったけれど、でもどこかでよく生きたい、このままじゃ終われないという気持ちが強くありました。
 自分はどうして生きているのか、自分は何の為に生まれてきたのか。もし、自分が生きている意味、役割があるとしたら、死ぬ前に、それを果たせるところまで果たしたいと思っていました。
 お父さんのお話を聞いている中で、本当にお父さんは答えを持っていて、私はその答えを知りたかったのだと分かり、心の奥底に言葉が響きました。

 過去は見ない。それが言葉を通して、言葉以上に自分の中に入ったのを感じます。

 

 なのはなに来るまで、たくさん後悔したり、死んでしまいたいくらい苦しくて逃げたくて、思いっきり欲にまみれながら死んでいくか、思いっきり潔く、強く、何があっても生き続けるかのどちらかしか私には道が残されていませんでした。
 私はなのはなに出会ったことで、今まで以上の生き方をできるし、まだまだ新しい世界を見て、まだ見ぬ誰かの為に生きていけるのだと思うと嬉しいです。そして、その過程が自分の人生でもあり、その過程が楽しくて幸せなのだと感じます。
 私はその志を、その信念をぶらさずに真っすぐ持ちます。そうじゃないと生きられないし、私は生きていく資格がないと思いました。
 本当に過去はどうでもよくて、もう私は過去に縛られる必要も、囚われる必要もなく、今この瞬間から、自分の理想を生きて、自分の思う人を生きて、自分の自尊心に恥のない生き方をしたらいいんだなと思いました。

 なのはなに出会っていなかったら、私は今頃、欲にまみれて自分を見失って、この世界から消えてしまう道を選んでいたかもしれません。そのくらいに苦しかった過去の自分をなかった事にはできないし、したくないです。
 それがあったから今の自分がいて、未来に希望を持って生きていく自分がいて、まだ見ぬ誰かを思える自分がいると思うと嬉しいです。
 なのはなに出会っていないまま生きていく私より、なのはなに出会って生きていく私の方が、絶対に私にとっても、私の魂にとっても良い生き方だと確信を持って言えるし、なのはなに出会えて良かったなと思います。
 走り書きなので、まだ言葉はまとまっていないのですが、本当にお父さんのお話が嬉しくて、もう私は幸せなんだなと思いました。こんな風に答えを持っているお父さんとお母さんがいて下さり、摂食障害になって、まだ見ぬ誰かの為にしか生きられないのが嬉しいです。