「さらけ出して、笑ってもらって」 ゆず

1月1日 朝

 新年あけましておめでとうございます。
 大晦日の夜を越して、新年になりました。外は雪景色で、みんなと古吉野の校舎ごと雪に包まれているようで、みんなの中でこうしていられることが、とても幸せだなと思います。

 昨夜は、紅白歌合戦でした。
 チームのみんなと、紅白に向かって過ごせた時間が、とても有難かったです。

 はじめチームのみんなと集まったとき、自分の中の毒を出したい、という話になりました。日頃感じている自分の中の毒。もうやめたい、変わりたいと願うもの。それを具体的なエピソードにして吐き出して、みんなに笑ってもらって、どれだけ自分の中の考えが滑稽なのか、目の前に見えるようにして、自分たちを成敗したい。
 チーム4人で集まり、自分の嫌なところ、変わりたいところを話していきました。
 こんなところが嫌だ。それってこう考えるからこうなるんじゃない? ものすごく共感する、でも、それってものすごく変だよね。私の中にも、そういうところ、絶対ある。
 みんなと話す中で、気づくこと、具体的になっていく部分が、たくさんありました。やよいちゃんがみんなが出した話をもとに書いてくれた脚本で、気づかされることが、いくつもありました。

 自分を守るために、いつも高見の見物をしていて、みんなと同じ土俵に立っていないから、何も積み重ならない。自分自身の嫌なところ、駄目なところを見たくない、気づきたくないから、物事を抽象的にぼかしてしまう。自分の思うことを、自分の気持ちとして、相手に伝えることができない。だから、正義を通せない。
 私は何で正義を通せないのか。そう思ったとき、それは、人の上に立って、上から目線で「それは間違っている」と言おうとするから、上手く言えないのだと思いました。上からじゃなくて、横に立つ。自分が相手に対して嫌だと思ったこと。それは何かおかしいんじゃないかと違和感や不快感を感じたこと。それを自分の気持ちとして伝える。そう思ったら、正義を通すということが、すっと具体的になって、分かりやすくなったように感じました。

 日々感じている自分の変わりたいものが、自分を守るため、というところに集結しているんだとはっきりと分かりました。
 自分の駄目なところ、変わりたいところを話すことでも、やよいちゃんはいつも感じていることや感じている場面、エピソードが具体的で、こうやって物事を捉えるべきなんだよな、と思うことが何度もありました。
 チームのみんなと劇の練習をしていく時間も、とても楽しかったです。思いっきりねちねちと、時にはコミカルに、心の中の悪魔を演じると、気持ちがすっきりしました。だんだんとお互いの間合いや言い回しが身体に入ってきたり、こんなふうにしたいと思う形が同じものを見ていると感じると、嬉しくなりました。

 チームのみんなと思いっきり演じて、自分の心の中をさらけ出して、みんなに笑ってもらって、心の中の毒を、浄化させてもらいました。自分たちのやりたかったことを思いっきりやらせてもらいました。
 なのはなのみんなの中だからできること。それを思いっきりできて、仲間がいて、ほんとうに嬉しかったです。
 ちゃんと、変わります。