【12月号⑧】「弟子入りの5日間! ビニールハウスの冬支度」 りんね

   
 5日間に渡り、吉畑奥ハウスの妻面にビニールを張るための工事を、須原さんと行ないました。

 今年の夏、吉畑奥にみんなで作った新ハウスは、入り口、出口が吹き抜けになっていて、妻面に骨組みがない状態でした。

 冬の寒い夜にはハウスを密閉して、現在育てている冬キャベツを守れるように、お父さんとも相談させてもらって、ビニールを張る枠組みから作ることになりました。

 須原さんに、お父さんが描いてくださった図面を持って相談に行くと、いいものを作るために、じっくりと考え、計画を立ててくださいました。私は、須原さんの助手として、作業に携わらせていただきました。

 須原さんとの作業は、私には考えも及ばないほど、とても緻密で、知恵が詰まっていました。ドア枠1つ作るだけでも、枠を歪みなく、丈夫にするための工程がたくさんありました。

 例えば、四辺の枠を繋げたあと、対角線を測り、同じ長さになるよう矯正してから、補強でビス打ちをする工程。

 引力で、蝶番が止まっていない辺が下がってこないように、〝筋交い〟という材木を対角線にはめる、という工程もありました。

 須原さんから、1つひとつの工程の意味を教えていただきながら、一緒に作業させてもらう時間は、弟子入りして、親方の知恵を伝えていただくようで、とてもありがたい経験だと感じました。
  
  
 初日から、大工作業に欠かせない、インパクトドライバーの使い方も教えていただきました。私はインパクトドライバーを使うのは、人生で初めてのことでした。須原さんのお手本を見させてもらうと、あっという間に、まっすぐ、ビスが打ち込まれていきました。

 けれど、練習で、実際にインパクドライバーを持って、ベニヤ板に打ち込もうとすると、よれよれとビスが不安定に曲がり、まっすぐに打ち込むことができませんでした。

 須原さんから、コツは、垂直に力を入れることで、

「地球の中心がどこにあるか、感覚を掴むこと」

 と教えていただきました。

 いまだに不器用ではあるけれど、須原さんに教えていただきながら何度もビス打ちを繰り返すうちに、少しずつ感覚が掴めてきました。

 インパクトドライバーを使えることで、自分の幅が大きく広がり、材木を組み立てていくことができるようになりました。難しいけれど、まっすぐに力を込めて、材木を正確に組み立てていくことは、本当に楽しかったです。
    
 3本の胴縁で補強した木枠に、ビニールを張り、蝶番をつけて、4枚のドアが完成しました。ドアが完成すると、必要な道具を揃えて、ハウス現地での作業に移りました。

■知恵を学びながら

 骨組みとなる材木は、たけちゃんハウス倉庫から、約75ミリ角のものを運び出しました。他にも、完成したドア、脚立、道板、ウマ、コンパネ、丸鋸、インパクトなど、本格的な作業道具一式を持っていきました。

 現地では、まず、ドアの基盤の〝敷居〟となる材木に、腐りにくくするための塗布材を、ハケでたっぷりと浸み込ませました。

 次に、たこ紐を、水平器を使って水平に張りました。そのたこ紐から地面の距離を測り、開墾ぐわで3センチ深く掘りました。そこに、先ほどの材木を、たこ紐に面を合わせ、まっすぐに置いて、土で側面を埋めました。

 その次は、〝下げ振り〟という道具を使い、ハウスの頂点から真下となる部分に、印をつけました。そして、そこから左右に、1メートル余分に延ばした位置と、さらに7センチ外側に印をつけ、そこから天井までの高さを測りました。
  
  
 そして、測った長さの通りに、丸鋸で柱となる材木をカットしました。

 カットした柱を立てて、ぴったりと、敷居と天井の間にはめると、須原さんが、天井のハウスの枠組みと、柱を、鉄の板でつなぎ留めてくださいました。

 ハウスの鉄の枠組みにビスを打つとき、須原さんは、鉄にも刺さる、半円をずらしたような先端の、〝ピアス〟というビスを使われていました。

 そんなビスが存在して、須原さんの技術があってこそですが、こんなに簡単に、鉄と木を繋げることができるのだなあ、と分かり、本当にすごいなあと思いました。

 天井が繋がると、敷居と柱にビスを打ち込みました。

 これは、75ミリのビスを、まずは少し水平に打ち込んで引っかかりを作り、次に30度の角度をつけて、打ち込みました。

 さらに敷居と柱を補強するため、〝かすがい〟という鉄の部品を、ハンマーで打ち付けて、2本の木をしっかりとつなぎ留めました。

 須原さんの力はすごくて、私が力いっぱい、何度叩いても入りきらないかすがいを、3、4回で打ち込んでくださいました。

 柱が立つと、ドアの上部に〝鴨居〟となる材木を当てはめました。これも、須原さんが斜めにビスを打って、留めてくださいました。
    

 2本の柱、敷居と鴨居からなる、頑丈な鳥居が完成すると、ドアの取り付けに入りました。

 須原さんがドアを柱に合わせてくださり、蝶番にビスを打ちこんで、ドアと柱をつなぎました。

 ドアが、がっしりとした柱について、開閉できるようになったとき、本当に嬉しいなあと思いました。

 間口が2メートル×2メートルで、とても大きなドアであり、基礎の柱がどっしりとしているため、「このドアの先は、どこへ繋がっているのだろう」と、見ているだけでもワクワクするような、とても素敵なドアになりました。

 このドアを通って、ハウスへ出入りができたら、とても嬉しいだろうなと思いました。

 ドアの周囲の空間にも、水平に6本の胴縁を渡して、間柱も渡していきました。

■丁度ぴったり

 これで、頑丈な骨組みが完成し、いよいよビニール張りに移りました。

 ビニール張りでは、最初に大まかなハウスの寸法を測り、メモを取った寸法の通りに、体育館でビニールを切りました。

 とても嬉しかったことに、ほぼぴったり必要な大きさと、準備したビニールの大きさが同じでした。丁度ぴったりということが分かったとき、須原さんと顔を見合わせて、喜びあえて、嬉しかったです。

  ビニールの準備が整うと、ハウスへビニールを持っていき、須原さんが脚立に乗って、天井に合わせてくださいました。私は下で、ビニールの地面の端を持って、位置を合わせました。

 そして、〝タッカー〟という、木材にホッチキスのようにビニールを留められる道具を使って、須原さんと協力して、ピンと張りながら、ビニールを留めていきました。
    
  
 ハウスの骨組みには、ハウスの側面に張っているポリフィルムの下に、新しく張るビニールを重ねて、パッカーで留めなおしました。

 最終的には、ビニールは胴縁や間柱に、大体20センチおきの間隔で、タッカーを使って、遊びが無いようしっかりと美しく留めました。

 ビニール張りの後、最後の工程として、須原さんと悩みながらも工夫して作った、特別な閂を、道路側のドアに取り付けました。

■閂になのはなを

 閂は、須原さんからいろいろな作り方を教えていただきました。その中で、大きな観音開きのドアに合っていて、部品も失くす心配のない、はめ込み型の閂を作ることになりました。

 大部分は須原さんが作ってくださり、私は見ていただけでしたが、取っ手をつけるとき、ふと、「ここに、なのはなをつけたい」と思いつきました。

 わがままを承知で、須原さんにそのことを伝えると、細工しても割れにくい木っ端を探してくださり、なのはなの形を切り出すために、糸鋸を使えるようにしてくださいました。

 須原さんは、閂を作りながらも、

「こういうことをしていると、楽しくて仕方がない」

 とおっしゃっていました。ちょっとした遊びも、やるからにはいいものを作ろう、という気持ちで、須原さんが、真剣に向き合ってくださったことが、ありがたかったです。
  
  
 糸鋸を使うことは、とても難しくて、不格好になってしまったけれど、4つの花弁の、なのはなを切り出すことができました。

 そして、さらに綺麗な色のペンキも、なのはなと閂に塗らせていただきました。

 はじめに、その閂を取り付けたときは、閂が滑らなくて、とても残念でした。けれど須原さんが、カンナで、板が滑りやすいように削って、調整してくださり、最後には、誰でも簡単に開け閉めすることのできる、閂を取り付けることができました。

 すべてが完成して、少し離れたところからハウスを見ると、美しくビニールが張られて、大きなドアには、中央になのはなの閂がついていて、本当に素敵だと感じました。

 5日前までは、入り口出口の妻面に、骨組みさえ無かったけれど、今では、間口の広いドアや、ビニールが、もともとの形だったかのように自然に馴染んでいて、魔法みたいだと思いました。

 私は、建築作業をしたことは今回が初めてでした。それも、こんなに本格的に、緻密に、須原さんの技術や知恵を、存分に吸収させていただきながら、ハウスの作業をさせてもらえたことが、本当にありがたく、貴重な体験でした。

 須原さんと2人で、こんなにしっかりとしたものを作れたと思うと、自分の枠が広がったような、自信が湧いてくるように感じます。この5日間は、親方に弟子入りしたような気分で、「次はどんな工程があるのだろう」と、毎日ワクワクした気持ちで過ごしました。

 須原さんから教えていただいた知恵や技術を、私もいつか誰かへ伝えられるように、なっていきたいと思いました。

 本格的な寒さが来る前に、無事に新ハウスの、妻面のビニール張りを完成させられて、嬉しかったです。