「22歳」 ほし

12月9日

 今朝は、なるちゃんと一緒に、大根と太ネギの収穫に行きました。
 平日だけれど、なるちゃんと一緒にいられたことが嬉しかったです。
 今朝は、霜も霧もなくて、暖かくて動きやすかったです。
 畑に向かう道中では、なるちゃんが、「イルミネーションがあるよ」と教えてくれて、集会所の木に、星形のイルミネーションがしてあって、季節を感じました。
 また、みんなで、夜に綺麗なイルミネーションを見えたら、とても嬉しい気持ちになるだろうな、と思いました。

 午前は、フルメニューの後に、ゆりかちゃんがフラダンスを教えてくれました。
 ステップやハンドモーションの動きを組み合わせて、一曲の踊りを教えてくれたのですが、素敵な曲と振り付けで、心がときめくな、と思いました。

 フラダンスを踊っていると、元気が出てきて、自然と笑顔になれました。
 踊っている曲は、ゆりかちゃんが選んでくれたもので、ハワイでよく踊られているものであって、みんながハワイに行ったときに、踊れるように、という気持ちで、教えてくれていて、私も、ハワイに行ったときは、この振りを踊りたいな、と思いました。

 午後からは、さきちゃんや何人かのみんなと、石の下畑のピーマンの撤去の作業をしました。
 今日は、支柱の竹の撤去をしました。
 竹と竹を結んでいるスズランテープを切っていくのが、楽しくて、片付いていく感じがしました。
 最後には、畑から支柱がなくなって、ピーマンだけになっていて、ついに、撤去か、という実感がわいてきて、この夏に、さきちゃんやみんなとピーマンの収穫をしたことを思い出しました。
 途中では、さきちゃんが、ピーマンクイズを出してくれたりして、ピーマンの生産量は、茨城県が一番多いことや、パプリカの原産地や、パプリカにはたくさんの色があることも、教えてもらえて、面白くて、興味深いな、と思いました。
 私も、自分の担当野菜の生産量や豆知識なんかも、調べてみたいな、と思いました。

 夕方の野菜切りでは、今朝なるちゃんと収穫した太ネギを切らせてもらいました。
 みんなといただけるのが、楽しみだな、と思いました。
 ネギの青い部分を切ると、糖分が固まったものだと思いますが、アロエのように、透明のジェルのようなものが出てきて、本当に新鮮なんだな、と思いました。
 栄養価が満点な太ネギが嬉しいなと思ったし、みんなの活力になってくれたらいいな、と思いました。
 お風呂上がりの手にも、薄っすらネギの匂いが残っています。

 また、今日は、一日、みんなにお祝いしてもらえたことが、本当に、嬉しかったです。22歳になりました。
 お昼には、須原さんや河上さん、今日は永禮さんもいてくださって、一緒にお祝いしていただけたことが嬉しかったです。
 みんなに受け入れられて、肯定されているのだから、もっと、しゃんとしよう、という気持ちになりました。
 みんな、一人、ひとりの言葉が、温かくて、とても大事に思えて、自分を否定する気持ちがある自分が、憎くなりました。
 みんなが、大好きです、と言ってくれるたびに、その気持ちに応えられるように、自分をもっと大事にしなきゃいけないな、と思ったし、みんながいてくれるから、みんなの温かさと優しさに包んでもらえるから、支えてもらっているから、生きていけるな、と思いました。

 私は、この日が来ることを、とても心苦しく思っていました。
 みんなの気持ちをきちんと受け取れるだろうか、とか、自分はみんなのプラスになれているか、誕生日を祝ってもらうのにふさわしいか、とか、そんな不安要素が多いことばかりでしたが、みんな気持ちをきちんと受け取るように、笑顔でいようと、プラスの正しい方を見て、自分を奮い立てました。
 とても緊張していて、事前に、自分の番が回ってきたときに言う言葉を、メモ帳に書いていましたが、そんな必要もありませんでした。
 みんなのコメントを聞いていると、安心しました。

 私は、みんな一人、一人から、好きな気持ちを向けて貰っているから、良くありたい、と前向きな気持ちで、生きてくことができているな、と思います。
 一人、一人の姿に、こうありたいな、こうあらなきゃいけない、と見習いたい部分があって、みんなが、生きていくお手本を、私に示してくれているから、正しい方を向いて、生きていけるな、と思います。
 私は、本当に未熟で、間違った受け取り方、捉え方をたくさんして、みんなに優しくないこともたくさんしてしまいました。
 それでも、みんなは、私を家族として、受け入れてくれて、許してくれました。
 私は、自分に少しでも悪い部分やできてない部分があったとしたら、受け入れてもらえない、とずっと思う気持ちがありました。
 だから、ずっと、そのことを恐れる気持ちが強くあって、色んな事が、上手くできずにいました。
 それは、私がずっと一人で生きていたからだと思いました。

 私は、もう、何も見たくない、聞きたくないと、生きることから目を背けていたけれど、お父さん、お母さん、みんなから、生きることは、こんなにも喜びや楽しさであふれていて、素晴らしいものなんだよ、と教えてもらいました。
 どんなに過酷な状況でも、未熟な私でも、良くなってくことを、信じてもらって、応援していてくれたから、こんな私でも、ここまで、立ち直ることができました。
 決して、私自身の力では、ここまで良くなることはできませんでした。
 みんなと、笑顔で今日あった事の話ができるのも、私にとっては、それだけのことでも、奇跡だなと思います。

 みんなと過ごした時間は、本当に大事なもので、自分の中で、宝物だな、と思います。
 そんなかけがえのないものをくれる家族がいることが、本当に、嬉しいことだな、と心から思いました。
 お祝いしてもらえることが、こんなに嬉しいことなんだな、と思いました。
 私の家は、ここしかないんだな、と思いました。

 まとまらなくて、抽象的な文面になりましたが、いつもたくさん、助けてもらって、許してもらって、ありがとうございます。
 今は、未熟すぎるくらい未熟ですが、もっと気持ちを外に向けて、心も体も頭もきちんと使えるように、自分の役割を自覚して、みんなの仲間として、誰かの希望になれるように、成長していきます。
 心も、身体も、頭も、なのはなのものとして、動かしていきます。
 誰も、一人で生きなくてもいいような、一人、一人が肯定されるような温かくて優しい世界を作る一人になります。

 読んでくださってありがとうございました。