「遊び」 のん

11月10日

○お昼の集合
 お昼の集合のお話を聞かせていただけて、すごく嬉しかったです。私がなのはなに来る前に、症状の最中で悩んでいたこと、なのはなに来てからも心のどこかで悩んでいたこと、最近考えていたことの答えを、神様がお父さんを通じてくださったような、そんな感じがしました。

 自分の記憶とか、記憶の中の思い、今の思いと強く共鳴しながら聞いていたので、お父さんの言葉そのものを書き起こすことはできないのですが、感じたことを書きたいと思います。

 学校や塾で、いい高校、大学、職業、資格などの目標をいつのまにか持って走ることが当たり前になってしまった人、それしか知らない人は、大学に入るとき、入ってからも、目標を求めるから、経済学部とか法学部のように、何になるのか具体的に決まっているのではないもの(例えば文学部)だと不安になる。

 でも、大学は遊んで幅をつける、というところがある。お父さんが大学に行くとき、文学部に行く、といったらお父さんのお父さんに反対されたけれど、お父さんのお母さんは、大学で遊んで来たらいいんじゃないか、と仰った。早くに就職した人は、20歳くらいでも、その職業のベテランになっているけれど、その職業以外の世界を知らなくて、幅がなくなってしまう。大学に行った人の方が給料が高いのは、大学で遊んだ分、人としての幅ができるからだ、と言っていた、と。

 目標を持っておしりを叩かれてきた人は、親の期待に沿うような仕事をしなくては、と思ってしまう。そうすると、目標を持ってない状態でいられなくて、遊ぶ、ということができない。それでは人としての幅が広がらない。

 親の期待に沿うような目標を、という気持ちがなくなったら、何になるか分からないという不安を置いておいて、遊ぶことができる。

 私の症状の最中での大きな悩みだった、有名な国立大の、将来何になるのか全く分からない文教育学部か、無名の公立の栄養士になることが決まっている栄養学部にするかという問題は、そういうことが原因にあったんだ、と思いました。

 結局国立大の方を選んでみても、なにになるのか分からない、ということがものすごく不安でした。道しるべをなくしてしまったみたいで、未来が真っ暗でした。なのはなに来てからしばらくは、全部忘れて畑をしていました。大学に戻るか、となったとき、その何になったらいいのか、目標がない不安が再び襲ってきました。何もない大学に戻るのが怖かった。税理士を目指そうと思ったのも、目標がないことが不安、という気持ちの動きがあったんだ、と、自分の心の動きが理屈で見えて、整理されていきました。

 だから、勉強が辛くなるんだな、と思いました。私はまだ、遊ぶことを自分に許せていないのだ、と思いました。大学に入るなら大学に入る、税理士試験に合格するなら合格する、その目標に向かっている時以外、さぼっているような罪悪感というか、こんなことをしている場合ではないのではないか、という感覚があります。

 目標に向かってお尻を叩いて、勉強が辛いと思っても、遊んだら罪悪感や焦りを感じる。遊んではいけない、と思うと余計に勉強がしたくない。それで何もしたくなくなっていく……。そういう理屈なんだな、と思い至りました。

 遊びって、してもいいもの。遊んだ方が、遊んでいろんな経験をした方がいい時期さえある。それを今度はちゃんと感覚として、実感として、自分に落とし込んでいきたいと思いました。とりあえず、不安を感じても、許容範囲を広げるように、無理矢理遊んでみようと思います。トランペットの練習と、読書と、面白そうなダンスの振りの解読と練習から。