「身につけるために」 みつき

11月6日

 昨日に続き、今日の集合のお父さんお母さんのお話も、とてもうれしかったです。
 わたしは、心の中に自分のミニチュアがないままで、今まで生きてしまっていました。
 他人に合わせて、あっちに行ったり、こっちに行ったり、わたしという人間は、空っぽでした。
 そのことに、やっとはっきり気が付いて、現実を目の当たりにしたと思います。

 自分の気持ちがない、意思もない、だから、独りを慎み、腰を折り頭を垂れて生きるという気持ちがない。
 じゃあ、どうすればいいのか? これから、どうしていけばいいのだろう?
 そこで、今日のお父さんお母さんの言葉が、すごく分かりやすくて、すっと馴染んでくれました。
「まずは、自分を捨てて、1から10までそっくり真似して取り組んでいく」
「なのはなでみんなと寝泊まりしている意味を、感じる。ここはなのはな道場だと思ったらいい」

 それを聞いただけで、わたしのギュッと固くなっていた気持ちがほぐれて、ふっと楽になりました。
 自分ができないとか、これが劣っているとか、もう、今までのこと、全部ゼロでいいのだな、と思いました。
 できていなくていいのだな、全然問題ないのだなと思いました。
 道場に来ているのだから(それを身につけるために来ているのだから)、これから作っていけばいいのだなと思いました。
 ただ、みんなや誰かのあるべき姿を見て、それを吸収して、真似して、動いていけばいいだけのことだと思ったら、わたしは、それなら、頑張れると思いました。
 今までは、自分の余計な気持ちや、利己的な気持ち、間違った価値観から、より一層難しく、苦しく、動きにくく生きにくいように考えてしまっていたのかもしれないです。

 でも、いつもお父さんがおっしゃっているように、答えはシンプルでした。
 これからは、良くありたいという向上心を持って、みんなとぴったり同じように、心と身体を使っていきます。

 少し話は変わるのですが、午前中にみんなで小豆のさや出しを中庭でしていると、たけちゃんが来てくれました。
 正午過ぎで、眠いのか、ぐずぐずしてしまっていたたけちゃんを、抱っこさせてもらいました。
 以前、お母さんが、
「寂しくなったら、たけひろをぎゅうってするといいよ。そしたらたけちゃんも嬉しいし、お前も安心できるから」
 と、おっしゃってくださったのを思い出しました。
 それで、たけちゃんが苦しくない程度に、たけちゃんをぎゅうっと抱きしめて、自分にも言い聞かせるような気持ちで、「大丈夫、うんうん」と呟いていました。
 そうしたら、たけちゃんが、すぐに静かになって、すうっと眠ってくれました。

 腕の中で眠っているたけちゃんの寝息、あたたかさ、重み。
 わたしはすごくほっとして、しあわせな気持ちでいっぱいになりました。
 今まで、自分がからっぽなわたしは、人に依存しては縁を切って、まともな関係が取れませんでした。だから、結婚とか、子供とか、まったく考えられなかったです。
 でも、たけちゃんと一緒にいて、「ちゃんと回復したい」と思いました。
 回復して、家族が欲しい、子供が欲しい。はじめて、強く感じました。

 今日は1日、たくさん気持ちを良い方向に導いて頂けて、本当にうれしかったです。