「自分をつくっていく」 どれみ

11月6日

 今日は、片付けの1日でした。
 午前は居室のお引っ越し。4年生教室に集まって、タンスの割り振りなどをして、今日の引っ越しのプランを話してスタートしました。これからこのメンバーと一緒に新たな生活が始まるのだという新鮮な気持ちになりました。
 今日は、日差しの暖かさが嬉しく、お布団を干していても気持ちよかったです。

 午後からは、お母さんが割り振りを決めて下さり、家族みんなで片付けができました。放送室と図工室のものを運び出すときに、みんなでバケツリレーした時間が楽しかったです。かけ声を掛け合って次の人に繋いでいくとき、次の人と、その次の人と繋がり、一体となっている感覚が気持ちよかったです。
 放送室ってどこなんだろう? とはじめ思いましたが、倉庫となっていた放送室が綺麗になっていて、すてきな部屋がまたひとつ増えたのが嬉しかったです。
 図工室ではお母さんが指揮して下さる声があって、嬉しかったです。
 廊下を歩くと、みんなでお正月につくった頭像が上の窓の桟のところに飾ってくれていて、それを見ながら歩く廊下が嬉しかったです。体育館での片付けのお話もみんながしてくれて、今日は、場所は違っても綺麗に片付けようと、同じところに向かっている空気を感じながら片付けができて、嬉しかったです。

 昨日のお昼の集合のとき、自分の枠組みがあっても、そこに自分がいないというお話をお父さんがして下さいました。お父さんのお話は、いまの私だと思いました。
 私は、自分がなぜ苦しくなるのか、生きにくいのかわからなかったけど、お父さんがその答えを教えて下さいました。とても救われた気持ちになりました。私の間違った心持ち、甘え、逃げ、弱さです。でも、ただただ、とても嬉しかったです。
 でも、理解が浅く、自分があるってどんな感じなのだろうと思っていました、今日のハウスミーティングまで。

 今日のハウスミーティングで、ミニお父さんをいまは自分がいない自分の枠組みに入れると話してくださったとき、そうすればいいんだと思いました。私は、お父さん、お母さんが私たちに、自立に向けて答えを下さったり、教えて下さる中で、大切なことが抜けていたと思いました。怠惰だったと思いました。
 お父さんが落語家の弟子のお話をしてくれて、弟子とは、師匠と共に暮らし、寝起きし、掃除をしたり、家事をする中で師匠のしゃべり方、歩き方、暮らしぶりをコピーしていくことや、顔真卿のお話、自分を消してまねてまねていくこと。
 自分をつくるって、そうしたらいいんだと教えていただき、私もこれから自分をつくっていったらいいんだとわかる答えをくださり、とても安心した気持ちになりました。
 お父さん、お母さんの教えて下さることをちゃんと自分に入れたいと思いました。

 そのあとのハウスミーティングの質問も自分と重なり、一緒にいさせていただけたことが嬉しかったです。
 文章と気持ちは同じで、切れ味のある文章を書くこと。一つの例として、田んぼは沼のようだったではなく、田んぼは沼だったと書くことを教えて下さいました。その光景が伝わってくるし、スッキリとしていておもしろいと感じました。私は、ようだが多く、曖昧が多く、気持ちにもメリハリがなくて、切れ味のない生き方、考えだと思いました。もっと切れ味のよい自分をつくっていきたいと思いました。ユーモアを持つことのお話も嬉しかったです。お父さんの教えて下さることがとても大事に感じました。

 お父さんならこんなときどんな判断をするか、どう感じるか、それが自分にあったらどこにいっても恐くはないと思いました。真っ当な生き方をしたい、モラルのある世の中にしていきたい、その仲間のひとりとなり生きていけると思いました。生きていきたいと思いました。自分は未熟でも、その気持ちだけは揺るぎなく持っていたいと思いました。ミニお父さんを積み上げていきたいと思いました。

 お昼の集合でお母さんが、できるできないという能力ではなく、よく生きたいと思う気持ち、それがお父さん、お母さんの子だよと話して下さいました。
 私は、自分の枠組みに自分をつくっていきます。お父さん、お母さんが教えてくださることを枠組みにしてつくっていきます。
 家族で笑って食べるごはんって、やっぱりおいしいです。