【10月号②】「豊作の秋、稲刈シーズン到来 ―― なのはな総出手刈りを体験して ――」まお

 九月十二日午後、なのはなでの一大イベントといえる稲刈りがスタートしました。
 初手は初刈りを記念してもち米の田んぼをみんなで一斉に手刈りしました。この日のために鎌を研いでくれていたり、新品のぴかぴかの鎌が用意されました。
  
  

■三工程に分かれて

 田んぼでは主に三つの仕事がありました。稲を鎌で刈る人、刈った稲を束にして縛る人、はぜを立てていく人です。
 鎌で刈るのは、しゃがんでひたすらリズミカルに、ザクッ、ザクッと一発で稲の束を生えている下のほうから刈っていきます。刈った稲は四束セットにして地面に置き、その上にクロスになるようにさらに四束セットずつ重ねていきます。

 縛る人はその重ねられた束の山を八束取って、藁を紐代わりに、稲の下のほうを固く縛ります。この縛りの作業はなかなか難易度が高く、八束を脇に抱えながら縛るのですが、稲の下の方をまずきれいにそろえるために底をぽんぽん叩いて、なるべく下寄りに固く藁を一周させクロスさせ、ねじった部分を、はじめに回した藁と稲の間に挟みます。
  
  
 お父さんは作業をはじめるにあたって、
「気持ちの優しい人は固く縛ることができないので、今日だけは心を厳しくして縛りに専念してください」
 と言っていたので、固く縛るのが重要だというのが分かりました。

 稲を乾燥させると水分が抜けるぶん細くなるので、縛りが甘いとそこから抜けてバラバラになるからだそうです。私は最初緩すぎると注意されたので、そこからは藁を一周させるときにキツキツにするのを意識したのですが、そのあとねじった輪を間に挟むときに中々入らなくて苦労しました。
 また、立ちながら脇で器用に稲の束の塊を挟みながら縛っている人も多かったのですが、私は脇からボロボロと稲穂が落ちてしまうという事態がよくおこったのでしゃがんで、足を支えにして稲を脇で挟み、両手を使って藁を縛りました。
  
  
 昔の人たちや、稲の手刈りに慣れている人は、腰のところに藁をつけておいて、刈りながら縛るということを手際よくスピーディにしていたそうです。とても器用な技だなあと思いました。

■一穂一穂が宝

 半分ほど刈ったところで休憩時間です。お父さんがお米に関しての文化的意味や社会的意味などの話をしてくださいました。昔の人たちは村は地域で、近所の人たちと助け合ってお互いの田んぼを協力して刈っていたそうです。
 相手の物が大きい田んぼでも小さい田んぼでも関係なく利他心で労働力を提供し合っていました。その代わり村八分にされると一人で家の田んぼを刈る羽目になってしまうのだとか。

 ほかにも、コロナの影響で外食産業による米の消費が下がって今お米の価格がとても下がっているお話(食べる人数は変わらないけど外食では食べ残し分も消費量に加わるので外食数が減ると消費量も減る)など、お米は単なる食べ物というだけでなく文化的、経済的、社会的にずっと日本人とともにあったんだなあとわかりました。そのような文化的にも歴史的にも意義のある活動に参加できて非常にいい経験でありがたいなあと思いました。
 
 休憩の後は再び手刈りを再開です。徐々に田んぼの端も見えてきました。稲の間からはひょっこりと猫のうめちゃんが唐突に目の前に現れて動く鎌に猫パンチをかましてこようとする光景もありました。危ない。
 うめちゃんもみんなを見ながら畑を駆け回れて楽しそうです。すべての稲を刈り終えたらあとはひたすら縛り、そのあとは縛った稲の束をはぜに干していきます。
  
  
 手の空いた人たちで落穂ひろいです。一穂一穂が宝です。はぜに稲を干し切った光景は見事なものです。はぜの間にみんなで立って記念撮影もしました。
 翌日は雨予報だったので(せっかく干したのに濡れて大丈夫なのか?)と思いますが大丈夫なんです。藁は防水加工なのです。植物の茎はストロー状になっていてその表面は水をはじきます。昔の人が藁で作った笠を使っていたのはそういうことだったのかと目から鱗でした。
  
        
 秋の一大イベント稲刈り。この日から数日お父さんやスタッフさんたちのコンバインでの稲刈りもスタートしています。
 コンバインという大変便利な文明の利器が日本で使われて久しいことと思いますが、大勢の人々で手作業で田んぼを刈っていくという協力作業、体験してみる意義はかかった時間や手間の分、得られる達成感や充実感は得難いものでした。日本人でよかった。