「違う衣装を着ているけれど」 つき

10月17日

 12日の文化祭の撮影のことを少し書きます。
 久しぶりの外での演奏は、やっぱり楽しかったです。ホールにお客さんはいないけれど、竹内さんや、撮影をしてくださる方、応援組のみんながいてくれて、映像を見てくださる方たちのことを思いながら、気持ちを前に出して表現させてもらえる場をいただけたことがとてもありがたく思いました。気持ちがリセットされて、洗われていくような感覚でした。改めて、自分を表現するということは必要なことなのだと実感しました。

 古吉野での練習は、お誕生日会の準備や練習と同時並行で進めていったので、大変な面もあったけれど、ゆりかちゃんが引っ張ってくれて、あゆちゃんが見てくれて、みんなと1つ1つのポーズを揃えていける時間がすごく楽しかったです。皆がそろったとき、あゆちゃんがものすごく喜んでくれて、その姿が本当に嬉しくて満たされた気持ちになりました。大好きな人が喜んでくれると、どんなことでも嬉しいです。

 それに、自分の癖をなくして、みんなと一体になれると、ものすごく大きなエネルギーや表現ができるという感覚があり、それは自分にとってもとても大きな心の栄養になります。心の潤いになっていきます。そういう実感を得られたことが、かけがえのない時間になっていくのだと思いました。

 お誕生日会の準備とバランスをとることが難しく感じることもありましたが、それがあったから余計に頑張れたのかもしれないと思います。お父さんがおっしゃっていたように、人生は大変なこともあるけれど、それが楽しさでもある、というのがよく分かるような気がします。

 今回一番嬉しかったのは、『ディス・イズ・ミー』の衣装です。前日にお母さんが連絡をくださって、『アップタウン・ファンク』と『ハッピーフェイス』の衣装を使って1人1人バラバラの衣装にしたらどうか、と提案をしてくださいました。それを聞いた時すごく驚いたけれど、想像をするとなんだかわくわくしました。そういう発想があったのか! と思って、枠にとらわれない考え方やアイデアができるお母さんがやっぱりすごいし、素敵だな、と思いました。

 だれが何を着るかを考えていると頭が大混乱に陥っていました。それでもすごく楽しかったです。もう、最後は良いのか悪いのか、どうなるのか分からなくなっていたけれど、自分の想像力を最大限使ってディスイズミーのあるべき姿を追い求めていく感覚は、今まで以上のやりがいを感じました。

 衣装合わせで実際にみんなに衣装を着てもらって、お父さんとお母さんに見ていただくとき、不安な気持ちと楽しみな気持ちが混在していました。もうどうにでもなれ! という気持ちも若干ありながら、それでも自分の精一杯で考えたので、ダメだったとしてもそれはそれでいいか、という感じでした。着る前にお母さんが、「これでダメだったらつきちゃんのせいやで」とみんなに笑いながらおっしゃってくださって、一瞬ドキッとしましたが、そのお言葉がなんだか私にとってはお母さんの優しさに感じました。全然ダメだったとしても、失敗だったとしても別に怖くないと思えて、ありがたかったです。

 そう思っていたけれど、お父さんとお母さんが「面白い!」「つきちゃんいいよ!」と言ってくださった時には、涙が出るほど嬉しかったです。よく分からないけれど、感動的な喜びがありました。こんな自分でも、頑張って最後まで考えて行動したら結果を出せるのだと、とても大きな自信、成功体験になりました。自分を肯定できる大きな材料になっていくと思います。でもこれは、お母さんが与えてくださったチャンス。だから、お母さんが私に与えてくださったプレゼントのようなものに感じます。本当にありがとうございます。これは一生私の自信になっていきます。

 それに、これまでのほぼ全員が揃った虹マントの衣装よりも、ディスイズミーのあるべき姿、形に近づけたような気がします。全員が特徴的な違う衣装を着ているけれど、1人1人が、これが私! と自信をもって踊っている姿こそがディスイズミーらしいな、と思います。みんなが特徴的で、どこか面白い、おかしい衣装を着ているけれど、なぜか統一感があるのも好きです。もちろんそれはみんなの気持ちがそろっているからで、なのはなでしかできない衣装、パフォーマンスだと思うと、誇らしい気持ちにもなります。

 これで完成形ではないかもしれませんが、今のなのはなファミリーの1番良い形のディスイズミー衣装になったと思えます。でも、満足しないでより良いものをこれからも目指していきたいです。

 長々と書いてしまいまってすみません。最後まで読んでくださってありがとうございました。遅くなってしまいましたが、書けて良かったです。