「ひとつ枠組みが外れた」 なる

10月13日

 最近、ロールプレイング大会、お父さんのお誕生日会、勝央文化ホールでの演奏といくつか本番があり、それに向かう過程で、以前仕事組にお父さんとお母さんが話してくれた「怖さ」について、自分なりに答えを見つけられたように思います。
 怖さと戦ったのではなく、別のものに置き換わったという感じです。

 そのひとつは、具体的な人が応援してくれていると絶対的に信じられることです。心のなかに応援してくれる人がいると、それだけ安心して、そのことが自分の力にできました。
 ロールプレイング大会のとき、練習に付き合ってくれた仕事組のよしえちゃん、みかちゃん、ゆずちゃん、まことちゃん、当日に「頑張ってね」と送り出してくれたなおちゃんやまよちゃん、職場で応援してくれた方が私の心のなかにいて、応援してくれていると信じられました。信じる気持ちからくる、それに応えたいという気持ちにプレッシャーはありませんでした。

 もうひとつは、表現は見られることではなくて、見る人を楽しませたい、良いものを見せたいと思うことに変わったことです。
 表現するとき、見る人は評価の視線で見ているという枠組みにはまっていました。だから失敗したりレベルが低いと思われるのを恐れて、表現しながら自分をさらすことが怖かったのだと思います。
 ロールプレイング大会の時、審査員の方は私にとっては観客でした。審査されるとは思わなくて、良いものを見せたいと思うと楽しかったです。
 お父さんのお誕生日会のアンサンブルで、あゆちゃんが本気でやる面白さを全力で伝えて引っ張り上げてくれました。練習しているときに、自分の殻が破れて自由になった瞬間があって、みんなの前で演奏するときも、良い音を聴かせたいと思うと表現することが楽しくて、今まで自分をさらすことを怖がっていたんだと初めて気がつきました。

 私はひとつ枠組みが外れた感じがしていて、青空が見えて息ができる感覚です。とても自由になって、普段の生活のなかでも気持ちが出しやすくなりました。見える世界、生きる世界がまるで違って楽しいです。こんなに自由になれると思っていませんでした。
 それも、お父さんお母さん、夢や理想があるなのはなにいられるからです。
 まだまだ未熟ですが、回復のひとつの階段を上がった私なりのプロセス、私なりの答えです。