「保証がない人生」 ななほ

10月9日

 夜の集合のお話に力をもらいました。私は頭では分かっていても、どこかで何か特別なことができなければいけない、人より秀でていないといけないというような劣等感に近い、苦しい気持ちがまだ自分のどこかにあるような気がします。
 でも、お父さんが、
「朗らかで、いつも笑顔でいることも自分の人生の実力なんだよ」
 と話して下さり、それなら私でもできると思いました。

 今のベストで作業をして、今のベストで物事を考えて、何かを取り繕ったり良い子にならずに、今のベストな正直さで日記も書いて、例え、今が恥ずかしいくらい未熟でも、そこから逃げない限り自分の人生の味のうちなんだなと思いました。
 私はそれを、自分に許せていなかったと思います。常に完璧でいないというような間違った考えに囚われて、そうじゃない自分を自分で落としていたし、変な厳しさを自分にも周りにも求めてしまっていたと思います。なのはなに来て、それは自分にも周りの人にとっても優しくないことなんだと日々の生活を通しても思い、落ち着いてきたけれど、今でもお父さんが話して下さったように、周りからの評価を気にして良い子ちゃんを取り繕ってしまうところがあるように思いました。

 でも、そうしているうちは本当には楽しめないし、逃げていると思いました。お父さんが話して下さったようにいつも笑って、朗らかな人でいたいです。
 
 昨日、サックスの合わせをしていた時にあゆちゃんが、
「ブラスバンド部のような演奏じゃいけないんだよ。これが大人の演奏ですと言うような感じで、ナルシズムを持たないといけない。そのナルシズムは自分よがりの欲ではなくて、誰かを楽しませるための欲なんだよ」
 と話してくれました。

 その言葉を聞いた時、私はそうできる日とできない日があって、自分に甘いなと思いました。誰かを楽しませる気持ちは優しいです。今、サックスパートでは『スリラー』を演奏しているのですが、スリラーを演奏する時も誰かの為を思わないと練習も楽しくないです。

 つい、見ている人がにやけてしまうような、足をバタバタさせてワクワクするような演奏をと思うと、私もその気持ちに引っ張られてとても楽しいです。以前、さとみちゃんが、
「スリラーには、どんなオバケや怪物なんかより、僕は君を楽しませることができるというような歌詞があるんだよ」
 と話してくれたイメージのようにスリラーで見ている人が、ワクワクするようなスリリングさを味わえるような演奏をしたいなと思うし、私たちがそれを作るんだという意識を持って、明日は精いっぱい演奏したいです。

 少し、話が遠くなってしまったのですが、お父さんが集合の最後に、「保証のない人生なんて、本当はないんだよ」と話していたように、保証がない人生を豊かなものになるように、怖がらずに挑戦して、常にベストを尽くしていきたいです。

 いよいよ、明日がお父さんのお誕生日会の本番になってしまいました。まだ詰めの甘い部分もあると思うのですが、その過程を通してもみんなと作っていく喜びや、なのはなにいられることの喜びをたくさん感じたし、それと同時に自分の浅さやもっとよく生きたいと思うことも思いました。お父さんがいつも、「本番はおまけのようなモノ」と話して下さるように、明日はお父さんをお祝いする気持ちでいっぱいにして、みんなと思う存分、楽しみたいなと思います。

 今日もありがとうございました。明日が楽しみです。
 急いで日記を書いたので上手くまとまっていないのですが、お父さんとお母さんのお話を聞いていると、本当に前向きな気持ちになるし、こんな風に答えを教えてくれる人がいて下さることが幸せだなと思います。