「手の届くところに目標を置いて」 えみ

9月21日

 自分から離れること。この意味やそうなれた時の境地が私はなかなか理解できなくて、いつも今の自分の現状に引っ張られてしまいます。
 ここ数日、自分でも分からないうちに気持ちがずどんと下がってしまい、それを自分ではどうにもできなくなってしまうことに悩まされていました。
 今日、あゆちゃんが少し話を聞いてくださって、私が言葉にできなかった思いや状況まで汲み取ってどう考えていけばいいのかを教えてくださいました。

 今の自分がどんなにできなくても、ダメだと思っても、それ自体は問題ではなくて、具体的にどうなりたいのか、ちゃんとイメージを持つことが大切だということ。なのはなにはたくさんのお手本があるのだから、自分はこの人を目指したいという人を一人決めて、その人の話し方や姿勢、歩き方などとにかくとことんその人の真似をし続けること。そうすれば、一つひとつはほんの小さなことでも、その積み重ねでいずれはその人の境地に必ず行けるし、その人の目線で色んな物事が見えてくるんだということ。

 このことを教えてもらって、私は今までずっと周りの評価ばかり気にしてできない自分をとにかく卑下して、でも変われないことがもっともっと苦しくて、自己否定のジャグリングに追いやられていたと思いました。けれど、実際は何も実になるような努力すらしていなかったから、何も自分の中に生産されないのは当たり前です。

 楽器練習にしても、音が出なかったり、汚いからと自分を責めて結局いい音のイメージがつかめなかったら上手くなれるなんてことはまずありません。どんな音を出せるようになりたいのか、そのために、地道に基礎練習をしていくこと。
 何にしても、それ以上の近道はないんだよ。この言葉が自分にはぐさりと刺さりました。私はまだどこか目標をはるか遠いところに置いてしまっていて、それも曖昧だから何も積み上がっていかないんだと思いました。

 もう、なのはなに来る前のような、幻想の幸せに追い立てられるような苦しい生き方はしたくないです。でも、私は今もまだ心のどこか誰かにせかされているように感じてしまったり、いつも心がきゅうきゅうとしていて、毎日を楽しむことから逃げてしまっていると思います。

 人は生きている限りみんな大なり小なり迷惑をかけるものだし、その関係はいつもお互い様なんだよ。自分が助けてもらったら、それは後々自分の余裕がある時に誰かに返していけばいいんだよ。みんなが幸せのその日暮らしができていれば、お互いがプラスの関係であり続けられます。
 自分はこれを理解するのがすごく遅かったです。いつも自分にこもることに逃げてしまっていました。
 今から、まずは手の届くところに目標を置いて、日々それを積み重ねていけることを楽しんでいきたいです。
 はっきりとした声で話すこと。トランペットの練習を毎晩15分から30分はすること。
 まずはこの2つを心がけたいです。
 
 午後は、大人数のみんなと第1鉄塔畑の畝立てと水菜の定植をしました。やよいちゃんが引っ張ってくれる活気のある空気の中でみんなと思い切り動くと、気持ちもすっきりしたし、何より終わった後に畑全面に美しい畝が並んだ光景を見ると、達成感を感じて嬉しかったです。
 古吉野に帰ってくると、玄関下で今年初めてキンモクセイの甘い香りを感じました。それだけで心が満たされるような感覚があって、幸せな気持ちになりました。

 自分のことばかりで、それも話があちこちに飛んでしまったけれど、読んでくださりありがとうございました。