「音を出す一人になれて」 まち

9月18日

 午前は久々に同盟サミットがあって、とても嬉しかったです。テーマに関わらず、みんなが真剣に話をしたり私の話を聞いてくれるのがとても幸せに感じます。どのテーマも、話して行き着く先は同じだと思いました。あるべき姿に辿り付くこと。みんなの話を聞いていて、気付かされることが多くて、みんなのことをもっと好きになります。

 そのあと、楽器練習をしました。ドレミの音をチューナーで20分ほど合わせて、そのあと課題曲を合わせました。同じパートのえつこちゃんがいなかったので、今日はゆりかちゃんがそばにいてくれて一緒に吹いてくれると、「問題なく吹けてるね!」と言ってくれて、自信が付いて、そのあと、みんなで曲を合わせると、本当に一つの曲を奏でることができてものすごく幸せな気持ちになりました。
 
 さやねちゃんが吹いてくれるメロディを支えるんだよ、みんなの和音を聞くんだよ、とゆりかちゃんが教えてくれました。自分が出す音に一杯にいっぱいにならずに、心を広くして視野を広くしてみんなの音を聴き、自分のパートの役割を果たすように音を出す。楽器も生活もすべて一緒だと感じました。そして、それがみんなうまく調和されて音になると、ものすごい心地よさがその空間に表れると感じました。それは、まさに、利他心の幸せと感覚が似ているような気がして、私はその中にいられて幸せだったし、今日は音を出す一人になれてとても嬉しかったです。

 午後はゆったりタイムで、浴衣を選んだりお米を運んだりしました。今日のゆったりタイムがとっても幸せで楽しかったです。浴衣選びは、私は30代だったので比較的早く、バリエーションがある中選ばせてもらったけれど、最初はこれにしよう、これが着たいと思って選んだ服も、時間を置いて鏡で見てみたら、これは年齢に合っていない、ちょっとおかしい、と思うようになったりして、自分に合う浴衣を選ぶのは難しいと思いました。でも、これだけたくさんある浴衣から自分の好きなものを選んでいいですよ、さあどうぞ、と差し出されることが、どれだけ幸せなことか、実感しました。
 
 どれもみんな可愛くて着たい、けれど、着たい浴衣と似合う浴衣、見せる浴衣は違う。自分が着たいと思うし、自分の理想の姿を想像してそれに合うと思うし、なおかつ、客観的に見て自分とマッチしている浴衣を選ばせてもらう。一緒に選んでいるみんなと話ながら選ぶのがとても楽しかったです。つくづく、幸せだなあ、と思いました。

 お米運びがものすっごく楽しくて、なんでこんなに楽しいのだろうと思ったほどでした。私はまえちゃんに、台所前の外からみんなに米袋を渡す人として、ご指名を頂き、よしえちゃんとさやねちゃんとゆかこちゃんと一緒に、エルフの上からまことちゃんとみかちゃんが渡してくれる米袋を受け取る人になりました。
 
 テンポ良くみんなに渡していって、今年の新米をみんなで校内に入れるのがものすごく楽しかったです。なんで私はこんなに楽しいのだろう、と思うくらい、ものすごく楽しかったです。渡すとき、みんながものすごく笑顔で嬉しそうで、幸せがたくさん詰まった30キロの重みが身体を軽くしてくれました。

 みんなが私を受け入れて受け止めてくれることを毎日のように感じて、それがものすごく嬉しいです。もう本当に未熟で、未熟な私を笑って許してくれて、支えてくれることがものすごく有り難いと感じます。

 今夜は、お母さんの話を聞くことができて嬉しかったです。お母さんはいつも綺麗で、美しいと思います。お母さんの話を間近に聞けるだけですごく幸せな気持ちになりました。私をちゃんと一人の人間として、大事にしてくれるお母さんの娘であることが誇らしくて嬉しいです。

 夜は涼しくて、この涼しい気候が私は大好きです。いい季節だと強く思います。この幸せな気持ちをずっと、感謝の気持ちと一緒に持ち続けられますように。明日も楽しみです。読んで頂いてありがとうございました。