「仲間」 ちさ

9月10日

 

 今日は本当にありがとうございました。お父さんとお母さんに答えをもらったとき、めちゃくちゃに絡まっていたはずの糸玉が、魔法がかけられてスーッとほどけていくかのような感覚がありました。

 大きく2つの気づきと癒しがありました。

 1つは、特別になりたい気持ちがすごく強くありました。誰かに評価してもらいたい気持ち、頼ってもらいたい気持ちが強く、頼ってもらえたら喜んで力が出るし、気持ちが剥くが、埋もれることができない。間違っていると分かっていながら困っていました。評価してもらわないと自分の存在価値が分からない、評価してもらって自分の価値を確かめたかった。人の評価に一喜一憂し、やる気もすべて振り回されていました。自尊心がないからでした。それも、条件付きでなら褒められてきたから、それが欲しかった。何かをやって認めてもらって自分の欠落感を埋めようとしていた。

 お父さんとお母さんが、いい子だといってくれました。だから私はいい子です。お父さんとお母さんが認めてくださる、たった1人の、ちさ、という尊い存在です。それだけで十分だと感じました。誰に何と怒られようと、注意されようと、根本は何も変わりません。そのことがすごくすごくうれしかったです。安心した気持ちがじんわりじんわり体中に広がりました。

 なんでこんなに評価を気にしているのか。それは、ずっと両親から評価されてきて、できる子であれば褒めてくれて、存在することを許してくれてきたからです。また、人は自分のことを常に評価している、評価の対象でしかない、いいことをすれば好きになるし、悪いことをすれば嫌いになる。人間関係とはそういうものだと、思い込みすぎて、自分がそう思っていることさえも意識しないくらいでしたが、信じ込んでいたことに気が付きました。だから、それ以上の関係が分からなくて、不安定な関係しか知らない。

 お父さんが、親子って仲間なんだよ、とおっしゃったとき、涙があふれて止まらなくなりました。えりさちゃんとお父さんは親子であり仲間。論文を書くときには力を貸しあい、いつかはお父さんの本をえりさちゃんが翻訳して広げたり、お互い様の関係の仲間。たけちゃんだって仲間。だから優しい子になるようにみんなで育立てていかないとね、とお母さん。

 評価する人とされる人じゃないのか、という衝撃でした。

 私はきっと、心と体が正常に戻ってきて日常を送れるようになって、今だったら挽回できる、得られなかったいい評価を両親から得ることができてかわいがってもらえる、だからあの時は優しくしてくれたんだ、うまくやっていける、そういう錯覚を持っていたのではないかと思います。実際にやっていけない、という見え透いた事実はもちろんですが、それを置いておいても、お父さんとお母さんに自尊心をもらったとき、(言い方が変ですが)、そんな評価はもういらない、と思いました。仲間が欲しい、と思いました。今まで評価する人とされる人ともって人と関係をとってきて、仲間、とはなんなのか、言葉だけでちゃんとわかっていなかったけど、評価を恐れるような関係じゃなくて、本当に本物の仲間を求めたなら、ここではたくさん作ることができます。すぐ近くにたくさんいます。

 ぶれない軸をしっかり作っていきます。えりさちゃんにつづけるように、私も、なのはなのちさになります。

 

 本当にありがとうございました。
 夜はソフトバレーができて、とてもとても楽しかったです。
 読んでくださりありがとうございました。
 おやすみなさい。