「橙色した幸せ」 なつみ

8月29日

 縁日の前夜は、楽しみすぎて絶対に眠れないだろうと思っていたのですが、前日準備で、はしゃぎすぎて、ぐったり。
 結果、とても目覚めの良い朝を迎えることができ、当日も、疲れ知らずで、思いっきり遊びきれて、大満足です。

 縁日を終えて、お母さんが、「もう1日遊びたいくらいだね」と言ってくださったのが、嬉しかったです。
 お母さんは、縁日が延期になったときに、
「気持が切れそうになったら、幼いゆかりちゃんを楽しませようと思って、頑張ってね」
 と話してくださいました。
 わたしは、すこし、幼いゆかりちゃんの気持ちが分かるように思います。
 だから、わたしが楽しませてあげられる役割を与えられているのだということが、何よりも励みになりました。
 お母さんだけでない、幼い仲間も楽しませてあげたい、そう思いました。

 みんなの笑顔は輝いていました。
 はつらつとして、純粋に、何も不安に思わずに遊べる事、それは今の時代難しいことなのではないのかなと思いました。
 子どもがお金の心配をしなければならなかったり、勉強机の前で、おみこしの音を聞かねばならない窮屈さがあったり、「遊ぶことが難しい」という、ありえなさそうなことがあり得ることが、とても悲しいことだと思いました。

 そんな中で、大きくなったみんなが、幼い心で、輝く笑顔で縁日を楽しんでいる姿を見て、わたしは改めて、幼いころも、そして今の自分も理解してくれているお父さんお母さん、なのはなファミリーがとても好きだなと思いました。だいすきだなと思いました。

 子供組でお父さんお母さんと、なっちゃんとゆりかちゃんと一緒に山小屋でお泊りをさせてもらえて、いっぱい充電されました。
 台所で、お父さんとお母さんと、みんなで朝ご飯を用意した時、家族はこうやってご飯を作るのだなと、知りました。家族とは、こういう形なのかと、泣きそうでした。
 みつきちゃんと卵の黄身を白身を分けるのに失敗して、お父さんに怒られてしまいましたが、お父さんお母さんも失敗していて、黄身が割れて、最後にはお父さん一人でも割れて、みんなと笑いました。そこでもやっぱり泣きそうでした。
 まだ、自分は辛いんだなと思います。傷が思い出にならないのだなと思います。
 でも、目の前は幸せでいっぱいです。
 屋台で店番をしているとき、お客さんとわたしの間に、輪郭は無いけれど、まあるい幸せがありました。ほんわかと橙色した幸せです。
 お父さんの話聞いているときも、朝ご飯を当てる時も、UNOでも、台所でも、朝ご飯のコメントでも、幸せはいっぱいです。溢れるくらい、いっぱいです。

 日常でも、幸せはいっぱいあります。
 でも、なぜだか今、わたしは生まれてきて良かったと思います。

 今日も1日ありがとうございました。
 ななほちゃんがゲーム大会やる気満々なので、わたしも少し、なにか貢献したいなと思います。
 おやすみなさい。