「なのはなでしか味わうことのできない縁日」 ななほ

8月29日 日曜日

 なのはな縁日を家族みんなで迎えられて嬉しかったです。
 約1か月ほど前から縁日に向けての準備が始まり、私は吹き矢のチームでした。縁日の前日まで、(本当にうまくいくのだろうか)(どうしたらみんなに楽しんでもらえるかな)と不安な気持ちもあったのですが、
「小さい頃のお母さんを楽しませるような気持ちで、最後まで気持ちを切らさずに向かってね」
 というお母さんの言葉を胸に、当日まで心と身体を使って、吹き矢の屋台でみんなが楽しめるように考えました。

 当日は、(今日が縁日本番なの?)とまだ実感がわいてこなかったのですが、今までチームのみんなと作ってきた飾りや的、他のチームの道具も図書室や体育館から魔法のように消えていて、徐々に縁日という実感が目を通して自分の中に入ってきました。

・おじいちゃんの山で

 盛男おじいちゃんの山には、5月の山小屋キャンプで作った各チームの小屋がそのままの形で残されていました。縁日の前日の日、家族全員で山小屋へ行き、道具の積み込みや当日のセット、確認などをさせていただき、みんなで創った小屋で縁日の屋台が開かれると思うとワクワクしました。

 山小屋からアトリエの方まで山道を歩いていくと、射的のブースが見えたり、ヨーヨーすくいのプールやガーランドが飾られていたり、金魚すくいの屋台には可愛らしい金魚の飾りや大きな金魚のオブジェがあり、どの屋台もその世界に引き込まれてしまいそうなくらい魅力的でした。

 シューティングゲームの屋台には色鮮やかな鳥の的、南国フルーツの的などが木と木に吊るされていたり、その隣には綿あめ屋さん。一番最後が、吹き矢の屋台です。おじいちゃんの山はただ歩いているだけで自然の大きさに包まれて、心が穏やかになりました。木々の間から差し込む光や、1歩足を踏み出すたびに畑ともアスファルトとも違う、落ち葉や木の実、生き物たちが積み重なってできた自然のじゅうたんに、優しい気持ちになりました。

 ひろちゃんが山小屋時代の頃のエピソードも話してくれて、ニワトリがいて新鮮な卵がとれたこと、畑にいるとカランカランと昼食の時間を告げるベルを台所さんがならしてくれること、考えが上手くまとまらない時に山へ行くと悩みがどうでもよいことのように思えてしまうこと。その話を聞いているだけで私も山小屋に住んで、一緒に畑に出たり、山で遊んでいる気分になりました。

 そして、当日。山小屋の坂道を上がっていくと、お祭りの提灯や桃ライト、竹の櫓が見えました。(ああ、今日は縁日なんだ)、心からそう実感した時、こうして縁日を迎えられるのは、なのはなのみんなが居るからだと思いました。
 なのはなに来るまで、私はこれから先の人生で私は縁日のようなお祭りには行きたくてもいけないと思っていたし、何か楽しいことやワクワクしたことがあると、それが終わってしまう時の寂しさや自分の思っていた期待を簡単に壊されてしまう時の悲しさがありました。

 でも、今回は違いました。心から楽しみと思えて、周りにいるみんなと、「お父さんの唐揚げが楽しみだね」「かき氷、何の味にしようかな?」と話している時が一番幸せで、そんなことを考えていたらあっという間に縁日の日になりました。なのはなで自分たちで縁日を作ることができる、その経験ができるのもとてもありがたく、私の人生にとって大切な成功体験だなと思います。

 盛男おじいちゃんの山でたくさんの家族で過ごす縁日。おじいちゃんがいて下さるから、こうして好きな時に好きなように山で遊ぶことができて、もう一度小さい頃の自分になった気分で、縁日も縁日までの過程も楽しむことができました。

・お互い様に

 昼食のとんかつ弁当を食べたら、いよいよ最終準備に入ります。吹き矢のチームで本番のリハーサルをしたあと、お父さんとお母さんが1人ひとりに選んで下さった浴衣を着ました。
 私の浴衣は青をベースにした浴衣にピンク色のヒマワリの柄が入った、少し大人っぽくも見えるけれど、そのヒマワリのピンクが若々しい浴衣にマゼンタ色の帯でした。

 あけみちゃんとペアで着付けをする時間、あけみちゃんが自分のことのように私の裾や丈の高さなどを見てくれて、あけみちゃんのようなお姉さんがいてくれて幸せだなと思いました。私もあけみちゃんのしわを伸ばして、お互いに見合いながら浴衣を着ていくとほっこりしました。

 トンボや蝶々が書かれた柄。花火の柄。金魚の柄。黒や紺の浴衣もあれば、赤や紫、水色など100種類以上の浴衣の中から、その子に一番似合う浴衣を選んでいるお父さんとお母さんがすごいなと思うし、本当にみんなとっても似合っていました。

 1人1つ制作をしたお面をつけて、ついに縁日スタートです。私はあやかちゃんとペアで屋台を回りました。浴衣を着ていると歩幅が狭くなってしまうのですが、それもまた日本らしくて温かい気持ちになりました。(昔の人は、毎日浴衣を着ていたのか)と思うと、大変だなという気持ちの前に、素敵だなと思う気持ちの方が強く出てきて、なのはなでも週に1回、浴衣を着る日があってもいいなと思いました。

 屋台は日が落ちていくにつれ、より味のある屋台になっていき、照明の光やみんなの笑顔を見ていると、なのはなの縁日を越える縁日はないんじゃないかと思う程でした。それも、いつも一緒にいる仲間たちと屋台を作り、お互いに楽しませたり、今まで縁日に向かうまでの過程であったエピソードも頭の中で浮かんできたりするから、より楽しさや喜びが大きい様に感じました。

 射的やヨーヨーすくいは難しかったのですが、のりよちゃんの射的のフォームがカッコイイなと思ったし、まよちゃんやさくらちゃん、あゆちゃんがものすごい数のヨーヨーを釣っていて、その光景を見ているだけでもつい笑顔になってしまいました。

 金魚すくいの屋台はパッと見ただけで、「あ、金魚すくいの屋台だ!」と分かるくらいに飾り付けが可愛く、雰囲気が出ていました。受付をしていたみつきちゃんとまなかちゃんがことあるごとに「ぎょぎょっ」と言いながらルール説明をしていてとっても可愛かったし、店番をしてくれていたさきちゃんが1匹取れただけでも、「ななほちゃん、金魚1匹とれました!」と盛り上げてくれて、その空気に安心しました。

 つい集中し過ぎてしまい、気が付いたら30分以上たっていたのですが15匹の金魚をすくうことができて楽しかったです。その後も、綿あめ屋さんに行くと、イチゴ、レモン、ラムネ、バニラの中から1つ選ぶことができて、本格的な屋台ばかりでこんなに素敵な経験をさせて頂けて有難いなと思いました。
 また、焼きそばがとってもモチモチしていて、これぞ、祭りの味という感じがしました。
 なのはなの桃とマクワウリのシャーベットが乗ったかき氷は格別でした。

(あれ? お父さんいないな)と思い、あやかちゃんと、「お父さんが来たら、唐揚げもらいに行こう」と話していたのですが、かき氷を食べていたら丁度、お父さんが降りてきました。
 近くにいたちさちゃん達とお父さんの所へ行き、「唐揚げ頂けると嬉しいです」と言うと、お父さんがちょっぴり恥ずかしそうにはにかみながら、唐揚げを渡してくれました。

 私たちの縁日の準備が始まったあたりから、お父さんも今日の日の為に唐揚げの研究や試作を重ねに重ねて下さり、毎晩、唐揚げエピソードを聞いていたので、とっても楽しみにしていました。
(唐揚げって、そんなに違いがあるのかな?)と最初はお父さんの唐揚げをちゃんと味わうことができるか心配だったのですが、唐揚げを一口食べた瞬間に、その心配は吹っ飛んでいきました。

 サクッというより、ザクッと言うべきなくらい表面はカリカリでザクザクな唐揚げ。食べる前から香ばしく濃厚な香りのする唐揚げは、何と、中身はジューシーでお肉のうまみと唐揚げのうまみと、お父さんのなのはなの子への気持ちがたっぷりと詰まっていて、(こんな唐揚げ、食べたことない!)と思いました。

 後でお父さんが唐揚げの材料や作り方を教えて下さったのですが、かつお節や米粉、パン粉など私の知っている唐揚げのレシピとは、ほど遠いくらい研究し、追及された唐揚げは私が今まで知っている唐揚げの中で、一番おいしかったです。

(もう一度食べたい)(なのはなの白米と一緒に食べたい)。そう思ってしまう位、ものすごくカリカリでジューシーな唐揚げを作るお父さんがすごいなと思ったし、最後は唐揚げが黄金色に光って見えました。なのはなのみんなの為なら身体を張ってでも唐揚げを研究し、美味しいものを食べさせたいと思うお父さんが優しいなと思ったし、是非、またお父さんの唐揚げを食べたいなと思います。

 5時前から始まった縁日も気が付いたら8時になり、どの店も繁盛していました。後半は実行委員で動かせて頂いたのですが、お客さんが吹き矢の屋台に着た瞬間、「わ~! 花火だ」と喜んでくれたり、スペシャルヒット音が何度も山に響き渡り、その度に満たされた気持ちになりました。

 そして、縁日の締めは輪踊り。山小屋の下へ下ったら、みんなが櫓を囲んで踊っていて、私もその中で踊りました。輪踊りは1年ぶりだったのですが、身体も覚えていて、みんなと輪になって踊っていると、ふと涙がこぼれそうなくらい、なのはなのみんなに大きく受け入れてもらっているのを感じました。

 初めて踊る子も、坂を下りてきたばかりの子もみんながスッと輪の中に入り、自分が自分がと主張するのではなく、誰が誰だか分からないくらいに踊るなのはなの輪踊り。その光景は周りから見ても、あるべき世界の美しさを象徴するような、温かくて夢のあるような雰囲気だったし、その中で踊っていても、希望を感じました。

(ああ、私にはこんなにたくさんの仲間がいる。もう私は1人じゃないんだな)。そう思って安心しました。私はなのはなに来るまで、いつも誰かと一緒にいたけれど、いつも心の中は1人でした。誰からも理解されない、どこにも救いのない場所で、ただ消費だけの日々を送るのはものすごく希望がありませんでした。

(お祭りなんて、なかったらいい)(どうしてみんな、そんなに楽しめるんだろう。何がそんなに楽しいの? 不安じゃないの、怖くないの?)といつも私の中で、楽しいことと苦しさがセットでした。お祭りが終わって、人がスッといなくなり、あんなに賑やかだった場所が次の日には何でもない、いつもの道路になってしまう時の寂しさ。あんなにたくさんの人がいたのに、次々と人がいなくなっていくときの切なさ。

 私はお祭りが好きで嫌いでした。でも、今はお祭りが終わっても寂しくなりません。なのはなの生活は毎日がお祭りのように、温かく賑やかで、心の中が1人ぼっちになることがありません。嬉しい時も寂しい時も、いつも心の中になのはなファミリーの存在があるから、良い時も悪い時も今の自分の精いっぱいで居られて、いつかよくなると信じることができます。
 たくさんの仲間と繋がっていられるのが嬉しかったし、私もその中の1人でいたいと強く思いました。もっともっと、自分の中に利他心の気持ちを入れて、なのはなを軸に生きていきたいし、なのはなの未来を作っていく1人として、これからも成長していきたいです。

 なのはな縁日がとっても素敵なものとなり、お互いさまで喜んだり笑ったりして、今まで生きてきた中で一番印象に残る縁日となりました。まだ上手く気持ちがまとめられていないのですが、なのはなでしか作ることのできない、なのはなでしか味わうことのできない縁日が嬉しくて、また来年も、再来年もずっと続く縁日になったらと思います。