「私の目標」 つき

8月20日(金)

 

 昨日の夜の集合で話してくださったお父さんとお母さんのお話は、今の私にとって大切なお話でした。聞かせていただけてとてもありがたかったです。

 

 将来を不安に思う気持ちは私もありましたが、そんな気持ちは必要ないと分かりました。お父さんは、フリーのジャーナリストで何の保証もなかったけれど、自由だったと話してくださいました。そう聞いて、そうか…と、心にストンと落ちていくような感覚でした。そう思ったらいいんだ…と思えました。もうどうなってもいい、という自由で開放的な気持ちでいたら何も怖くない。そう思います。けれど、それは自分のために生きるのではない、人のため、神様のために生きてこそ言える言葉。しっかりと利他的に生きていたら道は開かれるし、導かれて行くものなのだと思います。

 

 自分の苦しみを忘れたら絶対にいけない、とお母さんが話してくださいました。ともすると、自分が楽になったら苦しかったことを忘れて元の世界に行こうとしてしまうけれど、それでうまくいくはずがない。利他心の生き方に転換しなければ私たちは生きていけないのだと。

 自分はもう大丈夫、と思って逃げの気持ちになってしまうと、傲慢になったり、不満を持ったりして、結局は自分を大きく苦しめることになります。利己心の方へと引っ張られて、自分がどんな人間なのかすら分からなくなり、生きにくくなってしまうことがありました。最近もそんな傾向に傾きかけたところだったので、本当にベストタイミングのお話が嬉しかったです。

 そうなっても、パッと利他心の気持ちに転換して、自分を律し、謙虚になることができると、途端に楽になって自分らしいと思えるようになりました。これが私だと、自然に言えるようになります。正解は1つしかない。利己心があると、私は生きていけないのだと改めて実感しました。自分が自分であることに何の違和感もなく生きていられる状態を常に保ちたいです。自分の感覚で、それは自ずと分かってくることだと思います。

 不完全な人間だから、つい利己的になったり、欲が出たりすることは、もちろんあるかもしれないけれど、その都度、利他心を自分に植え付けて、お母さんのように自分の欲もみんなのための欲に変えて、どんなことも自分のためでなくて、人のために行動できる人になっていきたいです。

 それが、私の大きな目標です。

 日々謙虚に、人との間の幸せを感じながら、目標を見て成長していきます。

 

 大事なお話を、ありがとうございました。