「誰かにつなげていけるように」 ななほ

8月19日

 昨夜、やよいちゃんに、
「ななほちゃん。セロリの芽出し、一緒に見てくれませんか?」
 と声をかけてもらってとても嬉しかったです。
(私みたいな人でいいのだろうか?)と少し自信が無かったのですが、やよいちゃんがいてくれたら大丈夫だろうなと思ったし、何よりも、やよいちゃんが瞳をキラキラさせて嬉しそうに誘ってくれてとても嬉しかったです。

 最近、雨で畑作業ができない日も多いのですが、桃の収穫に行ったり、室内でも芽出しや野菜の調べ物をしたり、ハウスのパパイアを見に行ったり、やっぱり桃や畑作業は自分に必要なのを感じます。お父さんがいつも、「愛情は理解し理解されることといつも話しているけれど、野菜も同じなんだよ」と教えて下さるように、畑も分かればわかる程面白くなって、知れば知る程好きになるのを感じます。

 私は文字で覚えるより、実際の行動で覚えたほうが1回で自分の中に入り、確実なものになっていくような気がするのですが、段々と野菜を見たら何が足りないんだろうなとか、今は大丈夫だろうなとかが直感的に分かるようになってきてそれもまた、楽しいです。

 先を予測して、(吉と出るか、凶と出るか分からないけれど、これでどうだ!)と賭けをするように天候や時期、時間と野菜のコンデションを見て手を打っていくのはものすごく楽しいと思いました。それで成功したら達成感を感じるし、仮に失敗したとしても、次の対策を考える楽しさがあります。

 私はこんなこと言うのは不謹慎かもしれないけれど、畑作業をする時小さなハプニングが起きる作業ほど、その後の達成感が大きくて好きだなと思います。ただ畑に向かうのではなく、当事者意識としてその対策を考えて行く時間はものすごく楽しくて、不安や心配よりも考える楽しさや面白さの方が遥かに大きいです。

 大豆の豆回収をどう進めるべきか、時間を置いたら豆が弾けてしまう、だからと言って人数も時間も余裕がある訳ではない。そんな時に、やよいちゃんと全ての黒大豆と白大豆の畑を回り、リスト化して優先順位を明確にしていった時のことは忘れられないなと思います。

 また、里芋の土寄せや大豆の土寄せであまりにも土が固い時、前半は上手く進まなくて力任せにやっていたのですが、途中から管理機を持って来てくれてフカフカの土で土寄せをした時の気持ち良さは印象に残っています。本当にハプニングが起きても、なのはなのみんなと一緒ならそれを小さな成功体験にすることができて、1つひとつのことが積み重なっていくなと感じます。

 その野菜の原産地も考えると、スイカの葉の切れ込みの深さとゴーヤも通じる所があるなと思ったり、サボテンの蒸散の話を聞いて野菜も同じだなと思ったり、それを考えて思いついた時も嬉しいです。
 お父さんが、「発明は、それを発明するというよりも発明が必要なものを見つけるかどうかなのかもしれないね」と話して下さったように、畑作業に関しても新しい仕組みやもっと良くするにはどうしたらいいのかというアンテナを常に張っていたら、何が足りない、もっとこうすればというひらめきが頭の中で生まれるなと思います。

 まだ雨が続くようですが、早く畑に出られたらいいなと思うし、去年から桃部会で活動させて頂けるのもありがたくて、桃を次に繋げていく1人として、甘くて美味しい桃をまだ見ぬ誰かに届ける1人として、自分にできる限り頭と身体を使っていきたいなと思います。

・心持ち次第で

 夜の集合でのお話が嬉しかったです。改めて、同じことをして、同じ行動をしても自分の心持ち次第で欲にもなれば、誰かの為になるんだろうなと思いました。何ができるできないは関係なく、能力の高さも関係なく、ただ目の前のことに向かう時の心持ちや、人に向かう時の姿勢が一番大切なんだなと改めて思いました。

 ただ笑顔でいるだけで目の前の人が救われる、そして自分が笑顔でいることで自分が一番救われることがたくさんあります。お父さんが鼻歌を歌いながら廊下を歩いていたり、桃の収穫にいて下さるときにさりげない声かけや気遣いをして下さったり、お父さんと一緒にいさせて頂くと、(私もそんな風な優しさを持ちたい)と思わせてもらいます。

 高田郁さんの本を読んでいても、一時的に売れる儲けの為の商いをするのではなく、徐々にでいいから広がり、老若男女問わず、末永く続いていくようなものを作りたいと願う姿が、ものすごく尊いです。それと同じように、日々の生活でも、評価の為の仕事だったらそれこそ、本当に一時的な評価しか得られないし、自分の心持ちが間違っていたり、態度が悪かったら元も子もないんだろうなと思います。

 お父さんとお母さんがいつも集合で色々な事を教えて下さるのが嬉しいし、前は自分の中で考えがまとまらず保留にしていたことも、今になったら答えが分かるということがたくさんあって、そんな風にどんな時も待っていて、正しい方へ導いてくださる大人がいて下さるのが嬉しいと思いました。

 私はまだ、依存が抜け切れていなかったり、思春期的な問題で欠落感を持ったり、感情が不安定だったりします。でも、そんな時も私にはなのはなファミリーがあると思うと、逃げないでいたら大丈夫な気がすると思えるし、仲間の存在があるからいつも正しい方へ正しい方へと軌道修正していけるなと思います。

 上手く言葉にできないのですが、なのはなで本当のお父さんとお母さんに出会えて、こうしてなのはなで大人になれるのがとてもありがたいなと感じます。よく生きたい、もっと良くなりたいという謙虚な姿勢を忘れずにいたいなと思います。自分の原点を自分が苦しんできたことを基盤に、今度はそれで得たことをまだ見ぬ誰かに繋げていけるように、なのはなで吸収したものをまだ見ぬ誰かに返していけるようにもっと、なのはなの気持ちを自分に入れて深めていきたいなと思います。

 今日も朝から雨が降っていたのですが、ミニトマトやブルーベリーの収穫をしたり、桃の作業や台所作業。苗床の移動作業も、やよいちゃんや何人かの人と進められて、充実した一日でした。台所ではたくさんの人がいたのですが、みんなが集中して作業をしていて、その中で野菜切りができて気持ちが整うのを感じました。また、調味料を混ぜて切りたて、茹でたて、和えたての食材を台所から食堂まで運ばせて頂いたのも嬉しくて、配膳の人の笑顔に元気が出たなと思います。

 吉畑ハウスもやよいちゃんやひろこちゃん達が綺麗に草を刈ってくれて、新鮮な気持ちで苗床作りができました。苗はもう既に50トレー以上あり、(いつの間に種をまいていたんだ)と思う程だったのですが、秋冬野菜が増えていき、また新しい季節がやってくると思うと、夏が終わってしまう寂しさと同じくらい、秋が来る楽しさがあるのを感じました。

 縁日に向けての浴衣選びもさせていただき、お父さんとお母さんが1人1人に一番似合う浴衣を選んで下さる時間が温かく、その場にいるだけで嬉しくなりました。今のその人に一番合う浴衣や柄、帯。それは年齢によっても、雰囲気によっても大きく変わってくるのだと思うのですが、100種類以上もある浴衣の中から、今しか着られない浴衣を1つ選んで下さり、それを着てみんなと縁日を迎えられるのが嬉しいです。