「正直に」 ちさ

7月31日

 まだ波が押し寄せてきて、グワンと揺られる感覚があります。その余韻が心地よいような、だけど少し寂しいような、そんな気分です。

 みんなでいった海。とてもとっても楽しかったです。たっぷり遊びつくしたな、という感じです。今日はベッドにいったら1分も持たないうちに眠りにつけそうです。

 何から書いたらいいのか。とても盛りだくさんの1日で、楽しかったこと、うれしかったこと、気持ちがときめいたものがたくさんありました。
 まず、海についたときの感動。来たことがあっても、海に行くってわかっていても、やはり海が見えたとき、実際に砂浜から海を見渡した時、底が見えるくらい透き通っている海の美しさや、良く晴れた空と太陽と海と岩と白い砂浜とのコントラストの絵になるその美しい景色、そしてなにより海の広さ。すごく心が湧きたちました。大きくて広くて、どこまでも続いているように見える海を眺めていると、自分が本当にちっぽけに思えて、すごく開放的な、自由な気持ちになりました。
 
 そして浮き輪準備。たった浮き輪を膨らますだけなのだけれど、これがものすごく楽しいのです。空気入れを忘れてしまって人力で行なったのですが、息を吹き込む手応えや、むくむくと膨らんでいくのをすぐそこで感じると、すごく自分が肯定されるような気持ちになるのが不思議でした。そして隣のさくらちゃんもキラキラした目で膨らませていて同じような気持ちなんだろうなと思うと、それもまたうれしかったです。
 
 ちょっとフライングしてやよいちゃんとさくらちゃんと早速入ってしまいました。水がひんやりと心地いいくらいに冷たくて気持ちよかったです。潜ると岩の周りに魚の大群がいて、とてもびっくりしました。スイミーのお話みたいにみんなで泳いでいて、触れそうなくらい近くで、それも同じ水を肌に感じながらそこに魚を見ている、ということがすごく不思議で、だけれどものすごくかわいくて、いつまででも見てたかったです。だけどやっぱり海はしょっぱかったです。飲んでもないはずだけれど口の中が辛い感じになって、顔をしかめてしまうような味だけれど、それでも口からも体いっぱいで海を感じていることがやっぱりうれしかったです。
 
 海に入る最初の遠慮も忘れてバシャバシャになって、潜って行ったオープニングの宝探し。そして午前中いっぱい自由に遊泳。時間が過ぎるのがあっという間でした。何もしなくてもただ浮いているだけで気持ちよかったです。でもそれも、気が付いたら隣で誰かが同じように浮いていて、その気持ちよさを共有できるからこそ、むなしくなく、濃く、膨らむのだろうと思いました。みんなと行く海だからこんなにも楽しくて、濃いのだなと思いました。浮き輪に乗ってぷかぷかしていたり、泳いだり、立ってみたり、みんなと海にいると次から次へといろんな遊び方、楽しみ方があって、尽きることがなかったです。

 午後からの、砂のタワーづくり、海の娘づくり。私はゆりかちゃん、まちちゃん、みつきちゃんと“グツグツスリルタワー”を作りました。お母さんが教えてくださったとろとろと砂を積み上げていくやり方で高さを出していきました。手でペタペタと固めて作る砂のお城の平面的な感じと違って、一見無骨にも見えるけれど、すごく芸術的な感じ、魅力のあるタワーになっていくのが面白かったです。私は、お城ならカチッとしたものをつくってしまうような頭の固さがありました。けれど、メンバーのみんなと、なるようになる、作ってみてタイトルを考えよう、そんな風に、ただ一つとろとろ作戦で作っていく方針で進めていったのが、今までにない新しい気持ちの冒険でした。正直、どんなのになるのか全然イメージできなかったし、美しくなるのか、ただのお山になってしまうことはないのか、と思う気持ちもあったけれど、やっていくうちに、すごくアーティスティックになっていくのです。特にてっぺんの方は、トロトロと砂のしずくを積み上げていくからこそ生み出せる味、凸凹していてそれが氷河みたいで、そして太さや傾きも計算されたものではなくて、だからこそ生まれるスリリングさが美しいなと感じました。
 
 後半はひたすらとろとろと積んでいくことが、ただ上から振りかけているだけなのにどうしてこんなに楽しいのだろうかと疑問になるくらいに楽しくて夢中になっていました。みんなも同じでとにかく黙々としていました。だけれど、その黙々とした中に充実感が満ちていました。お母さんがこれを小さいころによくやっていた理由、何がどうって言葉では言えないけれどすごく共感しました。
 私は着地点が見えること、見通しがあり、カチッと決まったことをやりたい気持ちが強いタイプでした。だけれど、それでは見ることができないものがあることを体感しました。ちゃんとした形になるのかどうかわからない、スリリングな挑戦です。だけれど、だからこそ想像を超えた、スケールのあるものが生まれることがある。そう思うとき、お母さんやまえちゃんの姿が思い浮かびました。人生の一つのアート。私も、自分の考えなどから離れて、神様や流れを信じてゆだねてみること、そうしてみることが何か自分を変えるのではないか、と思いました。

 その後のスイカ・マクワウリ割りも、またとても楽しかったです。まちちゃんとペアでやらせていただいたのですが、まちちゃんの指示がとても的確で、おかげでとても気持ちいい思いをさせてもらいました。みんなが変な方向に進んでいったり、力づくでスイカのある場所と全然違う砂を叩いていたりするのがとても面白かったです。

 また、最後のお父さん・お母さん・須原さん・河上さんのスイカ割り対決もおもしろかったです。
 お父さんの指示役をやらせていただきました。ならばお父さんに勝ってほしい、と思ってひたすら必死でした。スタートの合図が鳴り、スイカの方向めがけてずんずん進んて行くお父さんの姿は迷いがなくて、すごくいい感じ! と思ったら、スイカを行き過ぎた先の地面をたたいてしまっている、違う、そっちじゃない! どんどん向きが反対になってしまっている! そう思って、試合中はとても焦りました。
 結果、お母さんが何べんも何べんも美しくスイカを叩かれていました。見ていても気持ちよくて、もし地面ではなくてあれがボールならば、スイートスポットでホームランになりそうだなと思いました。
 それと同時に、あぁ、自分の指示が悪かったな、申し訳ないな、そう思っていたのですが、それがお父さんのサービス精神だとわかったとき、すごく満たされた気持ちになりました。スイカを誰よりも早く美しくしとめるお父さんよりずっとずっとかっこよかったプレイだったなと思いました。
 そんなお父さんとお母さんが本当にあったかくて大好きだなと思いました。
 最後にはみんなとプチ水泳大会をできたのも楽しかったです。

 今日、とても充実感がありました。好きな気持ち、外向きな気持ちに気が付いたらずっとなっていたなと思いました。全部円滑に進むように感じました。どうしてそうだったのか。海が好きだから、海が楽しいから。そんなのではないと思いました。ではなくて、海が自分をちっぽけにさせてくれて、海で遊ぶこと、波に身を任せるような時間を過ごすことは、自由にしてくれて、世界を大きくしてくれました。海の大きさ、自由さが、私を引っ張ってくれたと思います。
 自分から離れたとき、私は自由になれます。とげも、罪悪感もなくなり、すべてが丸く、いい方向に行きます。今の自分にとってすべての答えはここにある気がします。

 楽しかったいい思い出、じゃなくて、今日みんなと過ごした時間が自分に教えてくれたものはなにか。ありきたりの言葉でしか言えないのだけれど、最近、良くなりたい気持ち、変わりたい気持ちがあるのに、それとは全くつりあわない、自分が低落していくことに絶望感を感じていました。だけど、やっぱり変わりたい、変われる世界がある、変わった先には今とは次元が違う鮮やかな豊かな世界がある、それを再認識させてもらって、あきらめずに頑張り続けるきっかけをもらえたことがとてもうれしかったです。自分の本当の気持ち、やけくそでも、投げやりでもなくて、芯の部分の正直な気持ちを再確認して、立ち上がる力をもらえたことが本当にうれしかったです。自分の本当の気持ちにだけは絶対に正直に、あきらめないで守り続けたいです。

 頭がまとまっていないまま、それも中身はさらっとの日記になってしまいましたが、忘れないうちにかけるだけかけて良かったです。
 夜、恵みの雨が降りました。今日みんなでかわいがったアメフラシからのプレゼントなのでしょうか。この暑い盛り、とても良かったです。
 今日はお父さん、お母さん、みんながよく寝られて疲れが取れるといいです。
 読んでくださりありがとうございました。
 おやすみなさい。