「自分に誇れるもの」 なつみ

7月16日

 

  • 昨日のハウスミーティング

 わたしは、みんなみたいに何か1つ、自分に特別できることがないことをずっと不安に思っていました。
 わたしはミシンを使えないし、草刈りもできないし、手は不器用で、がさつで、何1つ取柄がないです。

 お父さんは、自分は何もできないというわたしに

「何も誇れるものが、自信になるものがない人は、自信を持たなくていい」と話しました。
 グサッと来ました。
 わたしは簡単に、「じぶんは何もできない」と言えます。
 言えてしまうほどに、わたしは、自分のことを客観視できていなくて、人はものすごくよく見えて、自分はものすごくダメな奴に見える。
 わたしは、そこを正さなければなりませんでした。

 

 とりあえず、わたしは自分の良いところ、できることを考えました。
 握力は強いです。
 重い物を持つのも得意です。
 視力は2.0の時もあるので、結構いい方です。
 でも、そのくらいしかないです。
 わたしは本当に何もできないやつなんだ、と痛感しました。

「自信にできそうなことは思い浮かぶけれど、それを自信にできないです」という矛盾を話すと、お父さんは、お父さんの話をしてくれました。

「僕は、物書きをやっていたけれど、誰よりも書くのは遅かったです。でも、僕は諦めないし、粘り強い。それだけが僕の自信」

 その時、涙が出てきました。
 わたしは、大きな勘違いをして、間違えていました。
 わたしは自分の事も、人の事も、今まで、出来る出来ないの、つまらない眼鏡をかけてみていました。

「靴磨きの人の業界を書くことがあった。
 でも、記事にできるほど面白い話なんかない。でも、新宿や池袋とか丸の内、とにかくたくさん靴磨きの人から話を聞いた。
 寒い日で、ホッカイロ配りながら、取材をした。
 それで、取材の結果を会社の人に見せたら、「ふーん」と言う。あぁ、面白くなかったかなと思ったら

「みんな、こうゆう記事はつまらないから、話を作っちゃうんだ。ちゃんと、取材したんだね。そんな真面目な人は、珍しいよ。君は伸びるよ」と言ってもらった。」

 「何ができてもできなくても、真面目なだけでいいんだと思うよ」

 お父さんのその言葉に、全てがありました。
 何ができてもできなくても、頭が悪くても手が不器用でも、幼稚でも、お父さんはわたしのプライドをずっと守ってきてくださっていたのだなと、その時、お父さんの優しさに気づきました。

 わたしは、自分に誇れるものがあります。その誇れるものを、大事に持ち続けます。
 誰にも傷つけられることのないプライドを持って、誇り高く、生きていきます。
 お父さんのお話で、気持ちが引き締まって、また、すこし新しい世界が見れそうです。
 そのためにも、目の前の作業に、人に、物に、誠実にあり続けます。

 

  今日も1日ありがとうございました。
 お父さんは、わたしが泣くと、いつも面白い話をします。だから、わたしも泣くのをやめて笑ってしまいます。誰かが落ち込んでいると、お父さんは、つい笑ってしまうような話をします。
 お母さんも同じで、わたしがお父さんに怒られると、わたしが深刻なら無いように、お母さんは笑ってみています。そういう優しさが、わたしも欲しいなと思いました。

 おやすみなさい。