「桃部会」 りな

7月8日

 

 今、灰谷健次郎さんの「天の瞳」を読んでいます。天の瞳を読んでいて、本のタイトルにあるように、倫太郎の心の瞳に見つめられているような気がします。登場人物の1人1人が、自分の心や人の心をごまかすことなく見つめていて、その勇気や優しさに何度も感動します。

 倫太郎には、小学低学年の頃に亡くなったおじいちゃんがいます。今も倫太郎におじいちゃんが生きているように、私もおじいちゃんの言葉に救われるような気がしました。

 仕事を通して、たくさんの人を愛することが出来ることを知りました。良い仕事、それはお金がたくさん儲かることではありません。たくさんの人に喜んでもらえること、役に立つことなんだと思いました。

 大昔、法隆寺を立てた大工さんも、こんなに時代が進んだ今も、誰かの心を癒したり、喜ばれるような仕事を成し遂げたことになります。ある一つの植物を見つけた学者さんも、その人の発見がなかったら、次につながらずに、今は当たり前のことになっている事実も、隠れているかもしれません。

 たくさんの人が良い仕事を残して、今があるんだなと思いました。自分が死んでからも、人に喜ばれるものを繋げられるなら、とても生きている価値があるなあと思いました。私も、そういう生き方がしたいと思いました。今からでも、自分の果たすべき役割を、自分の欲ではなくて、誰かのために尽くしたいと思いました。仕事でまだ見ぬ誰かを愛することの出来る人になりたいと思いました。

 倫太郎と、仲間の子が、中学に入ったばかりに不良グループに暴力を奮われます。少林寺拳法をしている倫太郎は、怒りと憤りで暴力を奮った人たちに仕返しをしていきます。本当は、それは卑怯である、と倫太郎自身分かっているけれど、「俺は卑怯者なんかじゃない!」そう叫ぶように言います。倫太郎の心境を思うと、涙が溢れそうになりました。

 もう仕返しはしない、そう心に決めて、逃げずに立ち向かっていく倫太郎の勇気、強さに心を打たれました。本当に勇気のある人は、怒りを収めるため、正義を通すために力を使うことはないんだなあと思いました。相手がどんなに大きくても、怖いことでも、逃げないんだなあと思いました。

 

 数日前から、桃の収穫が始まり、梱包もたくさん進んでいます。桃部会のメンバーに入らせてもらって、桃の収穫や、梱包に入らせてもらえることがとても嬉しいなあと思います。

 私は手先が不器用だったり、動きが鈍かったりして、あんなちゃんやみんなに迷惑をかけているかもしれません。でも、そんな私でも受け入れて下さって、一緒に作業出来るのがとてもありがたいです。あんなちゃんから、桃のことから、収穫基準、梱包のことまで、丁寧に教えていただく時間がとても楽しいです。あんなちゃんの収穫の手元に入らせてもらって、あんなちゃんから、1つ1つ桃を受け取ります。そのたびに、とても緊張します。桃は柔らかくて、袋がはち切れんばかりに大きくなっています。手で持つと、ずっしりと重量感があって、少しでも力を入れてしまうと壊れてしまいそうなほど、繊細です。

 そんな桃を、あんなちゃんから、託されているんだなあと思うと、気持ちが奮い立たされます。果たすべき役割があるということが、たくさん支えになっています。何が何でも、桃を守りたい、あんなちゃんの手元として、役に立ちたいと思うことが出来ます。それは、私に限らず、桃部会のみんなの気持ちなんだろうなあと思います。選果ハウスでの作業では、穏やかだけれど、緊張した空気があります。一人一人、目の前の仕事に責任を負っています。誰に頼るということもなく、出来る限りのことをしています。そんな空気の中で、作業出来ることが嬉しいです。私もその中の一部として、少しでも力になりたいです。

 桃部会のみんなと一緒に作業していて、みんなの団結力や、優しさを感じます。あんなちゃんと一緒に収穫をしていると、あんなちゃんが一つ一つの桃の実を大切にしているのが分かります。優しくて繊細な手で、そっと桃を包み込むようにして持っているあんなちゃんが、優しいなあと思います。

 大雨だった日、どれみちゃんやよしみちゃん、ななほちゃん、さくらちゃん、りんねちゃんが、清水白桃にブルーシートを敷いてくれました。滝のように強くて大粒の雨でした。私も少し前に、雨の中つきちゃんとブルーシートを敷いたことがありました。その時は、長靴にも目にも口にも雨がなだれ込んできて、窒息するのではないかと怖くなった覚えがあります。でも、みんなが、着替えてからとても爽やかな笑顔で選果ハウスに帰ってきてくれました。みんなの勇気や、優しさが本当に凄いなあと思いました。みんなの笑顔が眩しかったです。

 これからも、桃部会のみんなと一緒に、たくさんの人にあんなちゃんが育てた桃を届けられるよう、出来ること精一杯力を尽くしたいです。