6月19日(土)「みんなと共に向き合っていく、父の日の会、1日目」

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 2日間行われる父の日の会、1日目。
 父の日の会では、苦しさのもととなった心の傷と、それを越えてどう生きていくかという気持ちを、一人ひとり、寸劇に仕立て、チームで演じました。心の傷となった、過去に景観を劇にして演じ、過去に感じていたこと、そして今も残っている苦しさ、それらにどう決着をつけ、けじめをつけるか、という自分の中にある気持ちを洗いざらいみんなの前で、劇の中で表現します。

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 オープニング、1チーム目の劇がはじまる前に、お父さんがみんなの前で、お話をしてくださいました。
 被害感情や、自己否定、競争心など、目には見えないけれど、自分を苦しくさせる症状的な気持ち、それはすべて過去に対する依存からくるということ。その依存を切れば、症状から解放され、何にも捕らわれることなく、安心して自分らしく生活できること。
 依存を引きずってしまうのは、過去に対して、未消化、未解決のことがあるからで、そのとき感じた心配、怒り、怖さをずっと感じ続けているから。
 でも、そのとき感じた恐怖のような感情を、客観的に見て、たいしたことはなかった、とるにとらないことだったと、寸劇にして、恐怖体験を喜劇にすることで、体験を昇華させる。
 そして、その体験を自分ひとりのものから、なのはなのみんなにみてもらうことで、みんなのものにして、苦しかった体験は、心の傷から、忘れられる思い出になる。
 お父さんの言葉にとても勇気をもらいました。
 苦しかった過去と決別し、前に進むために、この日に向けてみんなと練習を重ねました。

 チームはすべてで12チームあり、1チームごとに過去の経験に基づいたテーマがあります。そのテーマにそって、格チームでひとり1人の寸劇を作りました。
 今日は午前2チーム、午後は3チームの発表がありました。

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 私のチームは今日の午前に出番がありました。
 メンバーは5人でした。
 劇の発表を迎えるまでの過程は、とても濃かったです。
 会の準備がはじまって、まずは過去にあったことで、自分が特に苦しかったことを箇条書きにして、劇の材料をあつめからはじまり、そこから自分たちで、お父さんのアドバイスをいただきながら、脚本を書きました。自分の脚本を、自分だけで書くのではなく、1つのパソコンをみんなで囲って、みんなでその人によりそいながら、脚本を考えました。 他のメンバーの脚本を作る中で、自分の過去の体験なのに、客観的に見て、劇にすることが、とても難しいのだということを感じました。
 でも、そうやって悩んで一緒に考えたからこそ、メンバーのことをより知ることができて、ひとりの仲間として少しでも理解が深まり、好きになる気持ちが強くなりました。一人ひとりの脚本がとても大切なものに思えたし、難しいことも一緒に考え乗り越えながら、一緒に成長していっていることを感じました。
 脚本が行き詰まったり、演劇練習がうまく行かなかったり、自分の気持ちも上がり下がりして、逃げたいような気持ちにもなったけど、チームのみんながいるからこそ、逃げずに最後まで一緒に作り続けられました。

 劇の中には、主人公の本人役の人、何人かの登場人物がいます。
 私は、本人役の子のまわりをとりまく、強いキャラクターの登場人物を演じさせてもらいましたが、その経験がとても貴重でありがたいものだということを感じました。

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 本人役の子と一緒に成長していける、自分にとってとても嬉しい経験でした。
 本人役の人に教えてもらったり、一緒に考えながら、滑稽に、誇張して演じることで、苦しかったできごとが、ぼやっとしたものから、くっきりと明確になっていきました。
 でも、そのキャラクターがとても強くて、特徴的で、真面目に演じてしまうと、とてもシリアスで怖くなってしまい、どう演じればこのエピソードを昇華できるものになるのか、難しくて、(できないかもしれない)と思ったことも何度かありました。
 試行錯誤ながらも、ワンシーンずつ、メンバーのみんなと一緒に演じ方を考え、恐怖体験を、ユーモアに転換させながら、劇を作っていく時間は、いつもメンバーのみんなといつも笑いが起こって、とても楽しかったです。
 ユーモラスだけど、真剣に考え、つきつめていき、演じ方をみんなと探して見つけていくのは、とてもやりがいがあり、そして実際演じてみて、本人役の子に笑ってもらえると、何倍にもやる気がわいて嬉しくて、とてもやりがいのある作業を毎日しているように感じました。「私気持ちが出しやすくなったよ」と何度かいってもらえることがあり、お互いが相乗効果のように、成長していっていることが本当に嬉しかったです。

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 お母さんがこれは、1人対みんなのOMTなんだよ。自分の気持ちをあらいざらい、みんなの前で表現し、ひとりのものから、みんなのものにして、苦しさを昇華させていく。
 だから、台詞すべてを肯定して聞いてね。
 お母さんがそう教えてくださいました。

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 そして、本番。
 ステージで演じる本人役と、登場人物、そして、その劇を聞く、みんなとの間に、あたたかい絆のようなものが生まれたように感じました。
 自分の苦しかった体験を包み隠さず、すべて丸裸にして、勇気を持って、まっすぐに話していく本人役の子と、それを肯定し、経験は少しずつ違えど根本に受けた傷は同じだからこそ共感しあえる仲間として、あたたかく、自分のこととして共感しながら聞くみんな。会場はあたたかい空気につつまれていました。
 お母さんが教えてくださった、1人対みんなのOMT、がこの場で本当に、起こっているのだと思いました。
 でも、それはどこでもできるものではなく、なのはなで日々いろんな活動をともにして、信頼を関係を築いているからこそできることで、本当に奇跡のようなことだと思いました。

 本番で、本人役の子の最後の、心の傷に対して、けじめをつける台詞は、みんなと作る空気の中でだからこそ、今までもどの練習よりも一番気持ちがストレートに表現されていると、感じました。今日までずっと一緒に練習をしてきたからこそ、本当に嬉しかったし、涙が止まりませんでした。

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 チームのみんなが、心の傷と真剣に向き合い、勇気を持って、劇の中で台詞を言う姿から、次の私のシーンでは、気持ちを表現しやすくなりました。

 私はなかに残っている昇華できない気持ちは、怒りと不安でした。
 過去にあった不公平で、理不尽な経験が、心の枷となっていて、それに似たような出来事、人の行動、言動が起こると、自分の中に怒りがうずまいて、怒りを暴走させようとする自分と、止めようとする自分がいて、頭の中で葛藤が起こりました。
 いつも、誰かにバカにされるのではないか、落とされるのではないかという不安、恐怖がどこかにまだ残っていて、その不安を誰に対しても持ってしまっていました。

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 どういう劇にすれば、台詞にすれば私は、その枷からときはなたれるのか。
 脚本を考えるのは、難しかったけれど、チームのみんなも一緒に考えてくれて、面白く書くことができました。どうせやるなら、思いっきり誇張して、面白くしたいと思いました。
 私の脚本の中に出てくる悪役をりんねちゃんとなつみちゃんが演じてくれたことが嬉しかったです。2人の演技、台詞から、過去のことを思い出し、本当に変な体験だった、おかしなことだった、と今までになく気づかせてもらえました。練習をするたびに、心が軽くなったし、私は怖くて、苦しかったことは、とるにたらない、ばかげたことだったのだと、客観的に見ることができました。

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 シーンの最後の台詞は前日まで考え続けました。
 本番の前日にお母さんに相談させていただきました。
 「おまえは、ここに来てもまだ、誰かにばかにされたり、落とされるんじゃないか、と怖がっているんだよ。
 だから、ここでは誰もおまえをバカにする人はいなくて、心から安心してなのはなで生活していい。ということを台詞に入れた方がいいと思うよ。」
 と、お母さんが教えてくださいました。
 その言葉が本当に嬉しくて、有り難かったです。私が心の中で、一番求めていた台詞で、お母さんはその言葉を私にプレゼントしてくださったのだと思いました。

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 私がどんなに怒っても、過去の理不尽な経験が変わることはないし、私は今正義がある場所にいて、自分をひとりの人間として尊重してもらっているから、もうこれ以上正義を通そうとしなくてもいいこと。
 そして、いまいるここに、誰一人として私を見下げたりバカにする人はいない。どんなに失敗しても、間違っても、決して見下げられず、バカにされず嫌われることもない。だから、何も怖がることなく安心してなのはなで生活していいのだということ。
 そのことは、なのはなでだからこそ、ごく当たり前のようなことでわかっていたようで、わかっていなかったと思いました。
 だから、台詞にしてみんなに聞いてほしかったです。
 私が苦しかったことも、それに対してどう思っていたか、今この場でどうけじめをつけるか、私の決心を、すべてみんなに知ってもらいたかったです。
 私はもう過去の依存とは手の届かないところで生きていき、なのはなの子として、次世代の社会基盤を作る1人として生きていきたい、だから、過去にとらわれから解放されたい。と思いました。
 私が台詞を聞いているとき、目の前にいるみんなが真剣に聞いてくれていて、気持ちを受け止めてもらっているように思えました。
 私はみんながいるから、怖がらずに気持ちを言えたと思いました。
 本当にそのことが有り難かったです。

 今日は、みんなとごろんとよくなれたと思いました。
 明日もしっかりとみんなの劇を見て、みんなの気持ちを受け止めます。

(やよい)