6月10日(木)「父の日の会の準備 ――演劇での表現を通して」

6月10日のなのはな

 気持ちを文字にする、音と一体になって身体を使い踊る、土と野菜と皆と力を合わせ綺麗な野菜を収穫する、コートの中で仲間とボールを使い試合をする……。なのはなでは、スポーツや音楽、演奏、演劇、畑、色々な活動があります。
 
 しかし、これは私達の目的ではなく、手段として行なっています。私達は今まで生きるなかで傷ついてきました。そんな私達はデコボコだったり、空っぽだったりする自分の内側を耕したり、癒したり、答えをみつける必要があります。そのための手段として、なのはなのお父さんお母さんが、なのはなをつくるときに考えたのが、今のなのはなの主な活動となるものです。
 
 今、私達は、父の日のイベントに向かって、演劇という表現を通して自分の内側や、傷、今の社会の生きづらさをみつめ、表現することをしています。自分の中にある傷はなんなのか、核となる部分に目を向け、脚本にします。自分のことになると、客観的に判断が難しくなるときがしばしばあります。しかし、私たちには、お父さんお母さん、あゆちゃん、同じチームの仲間がいます。

 

 

 同じチームの仲間は、一緒に悩んで、一緒に答えを見つけようと同じ気持ちでいてくれます。お父さん、お母さん、あゆちゃんがあるべき姿、正義を教えてくれるし、導いてくれます。そんな仲間の存在が本当に大切で、心強いのだと、改めて強く感じています。
 脚本が出来ると、実際に声にだして、身体を動かして演じてみます。劇という小さな空間に、その当時の状況や人が再現されると、なにがおかしいのか、問題だったのかが、見えやすくなります。

 

 

 今日は、お父さんやあゆちゃんに、練習してきた劇を見てもらう時間がありました。自分のチームがみてもらう時間の待ち時間に、他のチームの劇をお父さんが見ている時間がありました。お父さんが動きや言葉に、アドバイスをすると、私達の傷のもととなった出来事がハッキリと浮き立ったり、登場する人物が生き生きと、リアルに動き始めるのがわかり、面白かったです。お父さんの前で演じるのは緊張したけれど、チームの皆と一緒に演じ、受け止めてもらえたことも嬉しかったです。

 

 

 何度も劇の練習を通して、自分の気持ちを大きな声で表現します。その都度それを受け止めたり、理解してくれる仲間がいるのだと感じます。同じチームの人の劇を見ていると、(やっぱり、私はこの仲間たちのために、同じような仲間のために、生きたい)と気持ちが固まるのを感じます。そのためにも、もっともっと自分のなかで善と悪をハッキリと評価し、足りない部分をお父さんお母さん、あゆちゃんからたくさん吸収していき、この父の日の寸劇を、皆と良いものにしていきたいと思いました。

(あけみ)