「全て決めてほしいような気持ちについて」 ななほ

6月2日

・ハウスMT

 昨日はサラマンダーのハウスMTがあり、お父さんのお話やみんなの質問をたくさん聞かせて頂けて嬉しかったです。
「全て決めてほしいような気持ち」についてお父さんに質問させて頂くと、お父さんに、「もし、人生は全て決まっているとしたらどう思う?」と聞かれて不思議な気持ちになりました。

 私は結果的には決められた生活の中で、スケジュールを決めて、緻密に計画を立てて生きてきたように感じます。
 小説を読んでいたり、何か映画を見たりして、その主人公が歩む道、職業、役割、結婚相手も決められているのを見ると、羨ましいような私も誰かにそう決めてほしいような気持ちになってしまいます。
 いつも自由な選択が与えられているような感じがして、自分の選択が未来に繋がってしまうと思うと怖かったし、自分が選んだ道で何か失敗したら私は存在できないんじゃないかという不安がありました。

 お父さんが、「人は器量に合わせて、その器に見合ったポジションに自然になる」「人生は意外と最初から決まっていて、誰も自分で選んでいないんじゃないかな?」と教えてくださいました。
 お父さんが教えて下さったように、今の時代は競争に勝ったら高い位置につけて、努力した分だけ、勉強した分だけいい人生になるという風な考えがあって、私もその価値観を強く植え付けられていたと思いました。でも、それは幸せのその日暮らしとは程遠い所にあるんだなと改めて思って、自分の中の間違った価値観が見えてきました。

 もう私の人生は全て決まっていると思うと先に答えを知りたくなってしまうのですが、怖がらずに構えていたいなと思います。
 また、甘えについてと遊びが無いことについての質問に、お父さんが答えて下さって嬉しかったです。

 私は今まで、「自分はしっかりしていないといけない」「自分は心配の要らない、手間のかからない子でいないといけない」「自分は甘えのない大人でいないといけない」という気持ちで過ごしていた為、実際は内側に甘えた気持ちがあっても、それを外に出さないように、自分でも甘えを許していませんでした。

 それは本来、良いことかもしれないけれど、その内側にある甘えた気持ち自体、持つべきではないなと感じてお父さんに質問したら、「ななほは、50歳になって甘えているおじいちゃん、おばあちゃんを見た事がある?」と聞かれて、これまた「え、」というような気持ちになりました。

 お父さんが例えとして中華料理店に行った子供と知り合いの男性のお話をして下さって、子供なのに甘えが全くないのもあまり良い事ではないと教えて頂きました。
 お父さんのお話を聞いて、私も甘えを自分で持つのを許していなかったから、大人から見たら偉そうで、つまらなくて、変な人になっていたなと思います。甘えが強いのも良くない事だけれど、適度な距離感、言葉使い、考え方は年齢に合わせて大切な事なんだなと思い、お父さんのお話が嬉しかったです。

 遊びが無いことについても、私は自分で自分を縛るように、「これはしていけない」「畑以外、調べ物をしてはいけない」というような気持ちになることが多いです。それは甘えに関しても同じで、お父さんとお母さんに苦しかったことや困っていることを聞いてほしいと思ってもそれは私が甘えているからなんじゃないかと思ったり、自分に厳しくあろうとするから、周りにも厳しくなっていると思います。

 お父さんがアートについて話して下さり、私にはその芸術的な気持ちや遊び心がかけてしまっていたなということに気が付きました。そういう遊び心を持ったとしても、なのはなに来るまでずっと(こんな子供じみた事を考えたらいけない)(自分の意見や考えを言ったら否定される)というような気持ちにさせられてきたので、中々頭の中で考えた事を言葉にしたり、形にする事が全くできていないと思いました。

 さくらちゃんが素直に、耳やしっぽの制作について考えていて、私もそういう気持ちを持てるようになりたいなと思ったし、今は我慢のときではなく、今を楽しめるようになりたいと思いました。上手く言葉にできないのですが、ハウスMTの時間が嬉しくて、私はまだまだ未熟なのですが、ちゃんと心も身体も自立して、解放された自分で生きていきたいなと思いました。

・父の日の会に向けて

 午後からは父の日の会の準備をさせて頂けて嬉しかったです。また、その前にちさとちゃんとまよちゃんと田んぼの見回りと確認に行かせて頂きました。ちさとちゃんから田んぼの入水、排水について教えて頂いて、これから田んぼを見ていけるのが楽しみだなと思いました。

 父の日の会は今まで1人で脚本を書いていて、上手く書き進まない時や(こんなものでいいのだろうか?)と自信がなくなってしまう時もあったのですが、チームのみんなと脚本を読み回し、みんなが、共感してくれて嬉しくなりました。

 なのはなに来るまで、(私の苦しさはだれにも理解できないんじゃないか)(私を救える人は私以外誰もいないんじゃないか)(どう説明しても、本当に理解してくれる人は誰もいない)と思っていたけれど、なのはなのお父さんとお母さん、今回のチームのみんなは説明しなくても、上手く言葉にできなくても、深い所で理解してくれているのを感じます。それは同じ生きにくさや苦しさを抱えてきたからだろうなと思うし、私もみんなと同じという所ばかりで、そんな仲間が居てくれるのが嬉しいなと思いました。

 改めて1人じゃなくて、みんなが居てくれるから自分は成長できて、気づくことができるんだなと思ったし、これからチームのみんなと形にしていくのが楽しみです。