「空芯菜畑」 やよい

4月30日

 昨日の午後はとても心に残る1日でした。
 午後の時間、ウォークラリーの集まりをしていました。次の日の山小屋で行う準備について、ウォークラリーメンバーのみんなで話し合っていたとき、次の日行う予定だった空心菜の畝の修正を、予定や畑のコンディションの都合で、今からの時間で行ってしまった方がいいのではないか、とあゆちゃんが教えてくれて、そのままウォークラリーメンバーのみんなで河原小の畑へ畝の修正に行くことになりました。

 畑に着くとあゆちゃん中心に修正の作業をはじめました。
 幅が広すぎる畝を細く削って、削った土を低い東側の場所へ、クワや鋤簾で流していきました。
 あゆちゃん、まえちゃん、ゆりかちゃん、みかちゃん、つきちゃん、さくらちゃん、どれみちゃん、ひろこちゃん、沢山の人がかけつけて、はじめは東側半分にしかたまっていなかった水がどんどん西側にも流れるようになっていきました。
 重い土を鍬や鋤簾で黙々と移動させていくのは、力仕事でしたがみんなで懸命に畑全体に水を行き渡らせるよう、空心菜が植えられるよう、作業しました。
 畝の修正は自分の勘違いによるものだったため、申し訳ない気持ちがありましたが、本当に有り難くて、みんなの中でとにかく一生懸命体を動かそうと思いました。

 途中、5時まえにあゆちゃんがお父さんに確認してくださって、トラクターで、代掻きのように畑を耕すことになり、あゆちゃんは一旦古吉野に戻り、トラクターで再び畑に戻ってきてくれました。ABパターンなどがあるため、みんなは古吉野に戻って、ゆりかちゃん、みかちゃん、私は畑に残って、あゆちゃんが畑でトラクターをかけてくれる中で、高い部分の土を低いところで移動させる作業をしました。

 あとから、のりよちゃん、夕食が終わってからは、まえちゃんもまた畑に戻ってきてくれて一緒に、畑に水が均等にたまるまで作業し続けました。
 水の量が足りなかったせいか、畑の土が硬いことや、畑内の地面の高低差がきついため、トラクターで平らにするのは、大変な作業でした。
 日が暮れ始めてからも、あゆちゃんは畑内に水がたまるまで、平らになるまでずっとトラクターをかけ続けてくれて、そして笑顔でした。まえちゃん、ゆりかちゃん、みかちゃん、のりよちゃんも、力仕事だけれど、ずっと作業してくださいました。

 空心菜をキャンプ前に、いい状態で植えるために、いろんな人たちが、こんなに協力してくださったことが本当に有り難くて、申し訳なさもあるけれど、どうありがとうございますと言えばいいか分からなくなるくらい、有り難かったです。
 もし、この作業を明日することになって、その場のリーダーを私がしていたら、代掻きをする判断とか絶対にできなかっただろうと思いました。
あゆちゃん、まえちゃん、ゆりかちゃん、みかちゃん、今日のメンバーがいてくれたからこそできた畑の整地でした。

 この日の予定にはなかったこの整地作業ですが、他の予定とか、やることがあったのに、目の前にポンとあらわれたこの作業を、かけつけてくれた人たちが自分のことのように、最後までやり通す姿が本当に心の底から綺麗だと思いました。目の前にあること、できることに対して、利他心を持って、その日その日でベストを尽くす、私も毎日そういう風にモラル高く生きたいと思いました。
 こんな人たちの中で、私は成長していけることを改めて有り難くて幸せなことだと感じました。そして、なのはなの中で恥じない仲間でありたいと強く感じました。

 最後、畑は田んぼのようになり、午後のはじめとは、畑が別人のようになりました。
 そして、今日空心菜を植え付けることができました。今年の空心菜は絶対に成功させます。
 本当にありがとうございました。

 最近、空心菜や、ナス、トウモロコシ、植え付けられる状態であるのに、植え付けられないことに対して大きな不安を感じていました。
 でも、畑の準備がうまく進まなくて、苗が大きくなっていることは他の人も知ってくれているし、キャンプの準備もあるから、できなくても別に仕方がないかもしれない、しょうがない、という曖昧な気持ちがありました。
 
 お父さんや、お母さんにそのことを相談させていただいたときに、お母さんが
「自分がしたいことは何月何日までにこれこれをしたいです。と期限を明確にして、紙に書いて渡す。それも、一人の人じゃなくて複数の人に。
 自分が本当にしたいことは、自分から何度も宣伝して、伝えていく。お母さんはずっとそうしてきたよ」
 そう教えてくださいました。
 そう教えていただいたとき、本当にその通りだと思って、自分で自分を困らせていたのだと思って、自分が恥ずかしくなりました。
 困ったときは、何がどう困っているか、そしてどうしたいのか、分かりやすく、具体的に明確にして、それを人に伝えて、助けてもらう。
 誰かに助けてもらうとき、助けてもらうことに対して、誠実であらなければいけないのだと思いました。

 私は、人にストレートに伝えることが怖かったです。
 その臆病さから具体的に相談することから、逃げていたと思いました。誠実さが欠けていたのだと思いました。
 評価を気にしてしまっていました。私はこれを言ったらこう思われる、あれを言ったらこう思われるかもしれないと、具体的に伝えてしまって、嫌われてしまうこと、低評価を受けることを心のどこかで恐れてしまっていたと思いました。
 お母さんが、
「おまえのできないだめなところも、できるところも知っていて、それもひっくるめて、好きなんだよ。いつもそうなんだよ」
 と教えてくださいました。

 私は、嫌われること、低評価を受けることを恐れているけれど、それは心配する必要のないことで、私の駄目なところは理解してくれている人は知っています。
 私がなのはなにくる前に受けていた評価は、相対評価で、なのはなでは絶対評価、それはまったく違うものであるということ。
 理屈では分かっても、それを自分に納得させることが難しいと思いました。
 年上の人に対して、本能的に怖いと思ってしまうこと、年上のお姉さん的な人がいると、自分を出しづらくなってしまい、評価を気にしてしまう癖があります。
 なのはなのみんなに、なのはなにくる前、周りにいた人を重ねてしまうというのは、とても失礼なことだと思いました。誰も、失敗したときに、私をバカにしたり、おとそうとしていないと思いました。
 ここでは、なのはなにくる前とはまったく違うのだと、自分を落とす人はいないこと、悪いところもいいところもひっくるめて、好きでいてもらっていること、だから失敗しても大丈夫なことを自分に落とし込みます。信じます。

「何があっても天真爛漫に笑顔でいること。それだけでいいから」
 お母さんがそう教えてくださいました。
 お母さんとの約束を守ります。いつも笑顔でいます。