【4月号⑯】「国立大学に合格 新たな道へ ――なのはなで勉強する意味――」 ひなの

 私は、六月から約半年の期間、なのはなで勉強して、国立大学を受験し、四月から大学に通うことになりました。

 まず一番に思うことは、他のどこでもなくなのはなで勉強したからこそ勉強することに意味を持たせることができ、息切れせずに勉強できた、ということです。自分でペースを作るというよりも、なのはな全体の大きな流れに乗り、そのなかで、勉強するときには集中してやる、クリスマス会だったり管楽器アンサンブルの練習があるときには思い切り楽しむ、というふうに、大きな流れに身を委ねているような感覚がありました。

 私がなのはなに来るまでに想像していた受験生の姿というのは、勉強以外の物事で削れるものは全て削って、その時間を勉強に充てるような、周りの人が声を掛けるのもためらうくらいピリピリした空気をまとっているような、そういう姿でした。自分がそういう状況になったら、と思うとすごく虚しかったです。

   

■いつか誰かのために

 けれど、私は時々みんなと一緒に畑に出たり、楽器を演奏したり歌ったり、食器洗いなどの当番をしたり、夜には大きな浴槽にみんなと入って雑談をしたり、そういうことが息抜きになって、身体も頭もリフレッシュできました。みんなの作業に向かう一生懸命な姿から、何度も背中を正される思いがしました。

 ただ受験で合格するためだけの勉強ではなくて、いつか誰かの役に立つように、と思ったら不思議と力が湧いてきました。そうすると大の苦手で問題を見た瞬間に諦めていたような数学も、なぜか少しずつ解けるようになっていきました。その感覚はとても面白かったです。

 化学もそうでした。その問題で示されている状況を具体的にイメージします。そうすると理屈とかではなく、普通に考えるとこうなるだろうな、と大まかに予想することができて、そこに(これだ!)と思う公式を当てはめて答えを導き出し、その答えが当たる、という良い循環が生まれました。スルスル解けていくのがとても嬉しかったです。

 勉強するときは、私は主に六年生教室という部屋で勉強しました。部屋にはスタッフのなっちゃんや、同じ勉強組ののんちゃん、れいこちゃんもいてくれて、その中で勉強する空気が好きでした。

 なっちゃんの訓練をして、息抜きに少しだけ他愛もない会話をして、またそれぞれの勉強などに戻る。ただそれだけのことで、何か特別なこととか華々しいことが起きるわけでもないけれど、そういう何気ない日常に心が満たされていきました。暑い日も寒い日も、晴れた日も雨の日も、何に急かされることもなく集中して勉強に向かい、少しずつではあるけれど確実に積み上がっていく、そういうじんわりとした達成感もありました。それがとても心地良かったです。分野は違えど目標を定めて真剣に勉強に向かうのんちゃん、れいこちゃんの姿にたくさん力をもらいました。

  

■ハードル

 大学の個別試験当日は、二月下旬でありながらも春めいた暖かい日でした。試験室に入ったとき、試験室の教卓に置かれた問題用紙の束を目にしたとき、「試験開始」の合図を聞いたときは、やっぱり試験独特の空気に緊張しました。けれど、試験の結果はどうでも良くて、試験に向かう気持ちが大事だから、と思うと大きく構えられるような気持ちになりました。緊張も、なのはなのみんなのことを思い浮かべたら不思議なくらいに小さくなって、みんなの存在が心強かったです。そして、そんなみんなに恥ずかしくない気持ちで試験に向かいたいと思いました。

 私が試験で受けた科目は英語でした。過去問題を見ているなかで、英作文の分野が出題されることを知り、それが私にとってのハードルでした。どんな問題が出るのか、それは試験本番で問題を見るまでは見当もつきません。何を準備してどう対策を打てば良いのか、途方もないように思えて大きな不安要素でした。

 お父さんに相談させてもらうと、五つぐらいのテーマで文章を考えておいて、出題された問題に一番近い文章を書いたら良い、と教えてもらいました。それからは、五つの文章を考えて、それぞれを見なくても書けるように何度も書きました。内容が良くてもスペルミスがあっては何にもならないので、単語のスペルも今までにないくらい細かく確認していきました。

 

■繋がって

 五つの文章が全て書かれた紙の束は、試験のときにも持って行き、直前まで目を通しました。

 試験本番で問題を開いたとき、まず初めに英作文のところをみました。どの文章が使えるだろうかと考えて、(あれが使える!)と思うものがありました。英作文の書き出しの冒頭部分と最後の締めくくりをどう書こうか、と考えつつ他の問題を解き、最後に英作文を書きました。冒頭部分と最後の部分も上手い具合に繋げることができ、なんとか時間内に全ての問題を解き終えられたとき、ホッとしたし嬉しかったです。

 

■合格発表の日

「(試験が)終わって帰ってきたときの表情が良かったよ。上手くいったらいいね」

 お父さんとお母さんが、そう声を掛けてくださいました。試験が終わってしまえば、どう転ぶのも神様にお任せです。上手くいったらいいな、私もただそれだけを思いました。

 合格発表の日。大学のホームページ上で合格者の受験番号が掲載されました。私が自分の受験番号を見つけ、「(番号が)あった!」と言うと、その場にいたなっちゃん、のんちゃんが、「ヤッター!」と、とてもとても喜んでくれました。「おめでとう」と何度も言ってくれました。

 お父さん、お母さんが、「よく頑張ったね」と声を掛けてくださったり、みんなが満面の笑みで「おめでとう」と声を掛けてくれました。私の力ではなくて、お父さん、お母さん、みんなの存在があったから合格することができて、私はほぼ何もしていないのに私ばかりお祝いしてもらって申し訳ない、という気持ちもありましたが、やっぱり嬉しかったです。 ずっと一緒に生活している人たちだからこそ、私の悪いところや未熟さも知っているはずなのに、それでも自分のことのように喜んでくれて、暖かい言葉を掛けてくれて、私はなんて幸せ者なんだろうと思いました。

 

■優しさに支えられて

 そんな優しさに何度も助けてもらってきて、みんながいてくれたから勉強も続けてくることができました。

 そのことに対してすぐに何かを返すことはできないかもしれないけれど、これから大学に行って知識を身に付けたり、その知識を生かして仕事をしたりするなかで、少しでもなのはなのみんなやなのはなに繋がる誰かの役に立ちたいし、そうすることでみんなからもらった気持ちや力を返していきたいです。

 なのはなで受験勉強をした経験、そのときに感じた気持ちは、とても大切なものです。目に見える部分でも、見えない部分でも、そして言葉にできないような部分でも、たくさん助けてもらいながら勉強し、受験に向かえたこと、そして合格できたことが本当に有り難くて感謝の気持ちでいっぱいです。