「いつも誰かのための自分」 みつき

4月22日

 今日も1日あたたかく良い天気でした。薄着でいられる毎日が、身体や心が軽くなった感覚がして、うきうきした気持ちになります。

 時間が無かったので短くて拙い日記になってしまうのですが、どうしても書きたかったのでこれで提出させていただこうと思います。
 先ほどお風呂に入っていたときのことです。るりこちゃんがやって来て、わたしに色々と話しかけてくれました。るりこちゃんとは作業のことで話す機会は何度かあったのですが、個人的に話すことはこれが初めてだったので、とてもうれしかったです。
 ここからが、どうしても日記に書きたかったことなのですが、るりこちゃんが、わたしにこう言ってくれました。
「みんなの日記をよく読んでいて、みつきちゃんとなつみちゃんの日記がいいなあ、ふたりの『お互いさま』の関係がすごく素敵だなあって思ってたんだ」
「みつきちゃんの今日のなのはなとかの記事も、なのはなのことをよく吸収していてすごいなあと思ってたんだよ」
 それを聞いたとき、照れてしまうくらい、本当にうれしかったです。

 それで、るりこちゃんの言葉を噛みしめながら廊下を歩いていたのですが、そのとき頭の中でハッと気がつきました。
「まだ見ぬ誰かのために」「利他心」とは、こういうことなのだと思いました。こんな、未熟なわたしの日記や文章、表現で何かを感じてくださる誰かが居るのだということを、はっきりと再確認することができました。
「自分が幸せになるために、楽になるために、成長し、摂食障害から立ち直る」とどこかで思ってしまっていたわたしは、自分に自信が無くて、その目標が苦しくて、高い壁のように感じて仕方がなかったです。
 でも、自分のためじゃない、誰かのために成長していく、誰かのために摂食障害を克服する。自分で変化が感じられなくても、楽になったと思えなくても、それが誰かの希望になったり、誰かの喜びになるなら、わたしはどんな高い壁でも、立ち向かっていけると思いました。
 それがわたしの、本当の幸せなのだと思いました。

 分かっていたようで、分かっていなかったという事柄がたくさんあって、恥ずかしいのですが、それを理解することができるたびに、ひと皮むけた気がします。
 いつでも誰かのための自分でいられるようにいたいです。明日も自分にできることを精一杯やります。おやすみなさい。