「今が本番」 ちさ

4月17日

 夜に卵焼きをふみちゃんと一緒に焼きました。すーっごくきれいな卵焼きが焼けました。こんがり加減と、形の整い加減と、ものすっごくきれいな卵焼きが焼けて、ほんのたったそれだけだけど、すごくうれしくなりました。あと、それをなおちゃんや、よしえちゃんや、みかちゃんや、みんなが嬉しそうに見てくれてもっとうれしかったです。

 それから1人じゃなくてふみちゃんと一緒にやって、ひと巻きするたびの瞬間瞬間のドキドキやうれしさも一緒に共有しながらやるとたった卵焼きを焼いているだけだけど、やっぱり誰かとしか幸せは感じられないんだなと思いました。

 ただ卵焼きがきれいに焼けたという他愛もないことですが、それだけですごく自己肯定されている気持ちになりました。本当に単純です。浮かれてはいけないけど、それでもいいのかなと思いました。プラスのこととマイナスなことが同じくらいあるとしたら、ともするとマイナス的なことの方が目に付きやすいし、影響力が強いです。けど、今日お父さんがおっしゃっていたみたいに、今日もとてもいい一日だった、なのはなの中で一番充実な日を過ごした、そうやって日記を書く。それだけで、そういうフィルターで一日を見れて、前向きな記憶として定着します。それの積み重なりが一生で、今が本番で楽しまないと、いつも未来に先送りしていたら、その未来はずっと来ないんだろうと思いました。

 今日は久しぶりにハウスミーテイングもあり、お父さんのお話をたくさん聞かせていただけた日で、とてもうれしかったし、充電100パーセントという感じがあります。

 レポートなどで、簡潔にまとめる、ということがどうしても苦手で、短くすると言葉が足りないような気がするし、全部入れたいと思うとまとまらないこと、何を求められているのかつかめないことに対して、キーワードをピックアップする、と教えていただき、なるほど、と思いました。同じことを伝えるにしてもいろんな言い方があります。文章にいい悪いをつけるのは難しいです。問題は大事な単語が抜けていないかどうかであること。そうやって整理したらいいのか、と思いました。

 それからそれから、目の前の人すべての人に誠実になれないことは自分の心の狭さだと思っていたけど、それは正義じゃないということ。神様に対して誠実じゃないということ。

 欲や競争心は持っていいということ。ないと頑張れない。問題はそれが誰かのためであること。誰かのためであれば欲深くっていいということ。

 人に対する評価。相手の評価ができていないから、誰に対しても求めてしまって腹を立てたり、子供じみた対応になってしまう。評価できているかどうかは好きな人と嫌いな人とがいるかどうかでわかること。このことに関して、すごく好き、でも、嫌いでもない人が多くいることに対して、それは人が引っ張られやすいから、いい人になったり、動きの遅い人になったりするからだということ。

 普段自分が言葉にするほど意識してなかったことでも、他の人の質問を通して、ちゃんと自分で理解していなかったモヤモヤ感の原因がわかり、ハウスミーティング中、何度も立ち上がって拍手したい気持ちになりました。

 また、理解することは優しくなること、強くなることなんだなということを感じました。相手のことを理解していないと、求めすぎて自分も相手も嫌になるし、理解することは自分を大きくするんだなという感じがしました。また、理解できると、受け流すことができたり、相手のいいところだけを見ることができるのだと思いました。愛情とは、理解し理解されること、それがどういうことなのか改めて感じました。

 来週のハウスミーティングがまた待ち遠しくてたまらないです。

 今日は一日雨で畑には出られなかったけれど、代わりに山小屋キャンプの準備をたっぷり進めることができてうれしかったです。私は基地づくりの実行委員に入らせてもらっています。遊びの概要をお父さんとお母さんにも確認させていただいて土台ができて、整理することができ、うれしかったです。

 寸劇などのアイディアを言葉にする時、イメージはあるのに、それになり切って再現したり、伝えるのってすごく難しいなと感じた今日でした。面白くなり切るのは難しいです。もっともっとみんなのために自分を捨てられるようになりたいです。

 今日もありがとうございました。
 消灯になるのでここまでにします。読んでくださりありがとうございました。