「幸せの本質」 まち

3月5日(金)    

 今日は、時間があったのでなのはなのベストオブ日記をまとめて読ませてもらいました。みんなの日記を読むと、心がじんわりと広がっていく感覚があります。優しくて、柔らかくて、それでいて変わろうとする芯の強さを感じます。自分の中で自分を守ろうとする私の固い殻を内側から溶かしてほどいてくれる優しさがあります。
  みんなの日記を読むだけで、目指すべき暖かさを感じたり、安心する気持ちになったりします。すごく、暖かいと思いました。同時に、みんなが繊細で感じやすく、誰一人としていじわるな人はいないと確信を持ちます。みんなが柔らかくて、きっとそれゆえ苦しい世界で傷ついてきたのだろうと思います。守るべき存在だと思いました。そして、私たちから、世界を変えていきたいと強く思いました。 
 自分なんか本当にどうでもいいなあ、と思います。柔らかく、みんなの中で生きていくことが幸せだと強く思います。能力主義だったりいじわるで嘘をついて要領良く生きることが得な世界で生きてきて自分を守ることに必死になっていた過去が嘘のように思えます。気を抜くと傷付けられる。そんな苦しさはもう一切ないのだと、みんなの日記を読んでいて強く思います。

  みんなが幸せになってほしい、という気持ちは間違いではないけれど、ちょっと自己犠牲の臭いもします。そうじゃなくて、利他心とは隣の家の人達とおかずを分け合う感覚です。みんなで助け合って、力をお裾分けしあって、みんなも私も同じように幸せになることが本質だと思いました。  みんなの日記を読むと、暖かくてちょっと腑抜けになった気持ちになります。自分って本当にどうでもいいなあ、何もできないなあ、と思うけれど、それで残念に思ったり自己否定したりする気持ちは全く湧かなくて、そうじゃなくて、この中で生きていられることが幸せというか、みんなが暖かい気持ちになっているなら私も暖かい気持ちになっている訳で、私が暖かい気持ちになっているならみんなも暖かい気持ちになっているものだ。この空間に自分が存在していること自体、自分を肯定されていて守られていて、人間としての幸せを感じている。それ以上必要なものなんてありません。自分の能力だったり、仕事のでき具合だったり、どうでもいい。いるだけで幸せってすごく幸せだと思いました。
  競争の意識で実力以上のものを出して頑張らないと、と思ってしまったり、人より役割をこなさないと思ってしまったり、間違った価値観はもういらないです。能力があるなしに関わらず、みんなが私を肯定してくれて、認めてくれて、まちちゃんが好きだよって言ってくれて受け止めてくれます。それだけですごく幸せです。自分の持てる暖かさを人に返していきたいです。そこには、競争も自己否定もなくて、暖かさだけがあって、利他心の中で人と幸せになっている空気だけがあります。自分ができることを、みんなの中で溶け込みながら果たしていく。自分ができる能力を、人が気持ち良く作業できる方向に使っていく。そういった訓練をしていきたいと思いました。 

  私はポンコツです。何もできません。それでも、今こうして生きていることが幸せです。とてもありがたいです。生まれてきた命を、人と活動できる幸せと人の役に立てる喜びだけで使っていきたいです。読んで頂いてありがとうございました。