「花道くんと味曽乃ちゃん」 ななほ

3月4日 木曜日

 昨日の事になるのですが、午後からアスパラ菜の剪定やヨモギ摘みに行かせて頂けて楽しかったです。
 畑Bチームのみんなと梅林に向かうと、坂の入り口に梅の花を見つけ、それからも道中にたくさんの梅の木があり、とても春らしい香りがしました。梅林に着くと、真っ白な梅の花が五分咲き程咲いていて、華やかでした。

 私は糀の見回りの都合で、何度か抜けてしまったのですが、みんなの写真や梅の花の写真を撮ることができて嬉しかったし、外はとても暖かく、光が優しかったです。那岐山の雪も朝は真っ白だったのに、午後にはほとんど解けていました。

 気温が高いことは糀にとってあまり良い事ではないのですが、無事に何度か39度近くになり、下がりを繰り返し、38度前後とものすごく良い状態で1番手入れができました。

 1番手入れでは布巾をめくると、米糀がものすごく真っ白なフワフワとした塊になっていて、とても可愛かったです。しっかり攪拌して、放熱をして、崩すのはかわいそうだったのですが、潔くお米の塊を崩していきました。
 
 それからも見回りをして、迎えた夜。2番手入れは11時~12時で行いました。1番手入れと同様、2番手入れでも、熱を下げ、酸素を供給。これからの為に、しっかり攪拌と放熱をしました。

 2番手入れにはなるちゃんがヘルプで来てくれました。家庭科室で日を越すのは初めてだったのですが、手入れをしていた時は目がパッチリと開いていても、やっぱり12時を過ぎるとグンと眠気が来ました。

「あと50分後に必ず起きます」と宣言してから音楽室に行き、布団にもぐると、気が付いたら眠ってしまいました。(ああ、何かが鳴っている)(この音は、どこかで聞いたことがあるような)そう思いながら目覚めると、ゆりかちゃんが音楽室から家庭科室に向かう所でした。

(ゆりかちゃんたちは3時、6時、9時、12時の見回りのチームだから、私はあと1時間後かな?)
 そう思い、熟睡し過ぎないようにしようと思いながら布団にもぐったのですが、(あれ)と思いもう一度起きました。

(私、1時の見回り、行ったっけ?)(あれ、まだ、3時なのかな?)糀の様子も気になり静かに起きて、家庭科室に向かうと、ゆりかちゃんとかにちゃんの姿が。
 時計を見ると5時20分を指していて、思わず「え、今何時ですか?」「え、え、もうこんな時間なの?」と言ってしまいました。

 見回り記入表を見ると、ゆりかちゃんやみんなが見回りをしてくれていて、とても申し訳なくなったのですが、ありがたかったです。もう少し緊張感を持って、ちゃんと起きないとなと思ったと同時に、糀時代のみんなが居てくれて本当に良かった、と心から思いました。

 5時半までは12時から順調に気温が上がって来ていて、早速ゆりかちゃんとかにちゃんと入れ替えの作業をしました。これまでも何度か入れ替えや扇風機が登場し、チームのみんなと「どこにあてるのが一番ベストか」「どの時間帯がいいか」などを考えてできた時間が嬉しかったです。

 結果的に予定通り7時から仕舞仕事を始めることになり、それまでの時間はお湯の準備とか、黒大豆洗いなどを進め、ゆりかちゃんとかにちゃんと作業をしていました。あっという間に7時になり、その頃には温度計の殆どが40度近くで、ものすごく嬉しかったです。みんなが集まるのを待っていたかのように、ベストタイミングにベストな温度になる、花道くんと味曽乃ちゃんが優しいなと思いました。

 仕舞仕事では全体をパラパラとほぐし、一度中央に集めた後、全面に広げます。糀箱一面が真っ白になる光景は優しくて、綺麗で、美しかったです。仕舞仕事もスムーズに進み、花道くんの名前の由来の、花道を3本つけて、布巾を被せて仕舞いました。最後の手入れと聞いて、とても寂しくなったのですが、糀時代のみんなと暖かく糀を見守り、仕舞仕事ができて嬉しかったです。

 明日の朝はゆりかちゃんたちと黒大豆を煮る予定なので、今日の日記はここまでにするのですが、また糀時代のエピソードを日記に書いて、お父さんとお母さん、みんなに伝えられたらなと思います。

 無事に替え歌も完成したり、午後には出糀も迎え、明日の味噌玉作りの準備も夜に進めることができました。夜の8時半まで糀時代のみんなといて、ゆりかちゃんやかにちゃん、チームのみんなとただいるだけで嬉しい気持ちになります。今日は眠たい日なので、しっかり寝て、明日に備えたいです。

 いつもありがとうございます。勇志のエッセイコンクールのことも嬉しくて、なのはなのお父さんとお母さん、なのはなファミリーのお陰だなと思うし、とてもありがたいなと思いました。