「本能が喜ぶように」 ひなの

2月4日

 心の傷を癒すミーティングが、今日で最後のテーマに入りました。
 自分を責めている人は、知らず知らず人の上に立ってしまう、または引っ込み過ぎてしまう、というお話は自分もとても自覚がありました。
 私は、いつもどこかに罪悪感や申し訳なさがあって、自分を責めることで、どうか許して下さい、という気持ちがありました。存在していることが申し訳ない、けれど生きていくならば、誰にも害を及ぼさないように目立たずに生きなければ、と思い続けてきました。気が付けば「すみません」を連呼したり、申し訳なくて人と会話できなかったりしました。
 それらは全て、傷からきているもの、本能がまだ怖がっている証拠だったのだな、と思いました。
 本能に「自分は何も悪くなかった」と言い聞かせることは、傷付いてから今の今まで生きてきた自分に対しても、自分が生まれてきたことに対しても、その中身がどうであったとしても全てまるごと受け入れるということだと思いました。
 
 私はもう、申し訳なさも、否定される怖さも、感じる必要はありません。この世に生を受けたとき、私は生まれてきたことを祝福される、私はきっと幸せに生きられる、と信じて疑わなかったように、私はもう人の中に怖がらず入っていけます。人と人との間にある幸せを感じて、毎日を生きていくことができます。生まれたときのような真っ白な心のまま、生きていけます。
 
 毎日、貸し借りをつくらずに生きること。実現可能かどうかは考えなくて良いこと。お父さん、お母さんの言葉に、今日もまた一つ、心が自由になりました。
 何にも囚われなくていい。本能が喜ぶように、生きます。
 
 同じ傷や怖さを抱えた仲間の中にいて、同じ志で生きていく仲間がいてくれるから変われます。足の引っ張り合いではなくて、お互いがお互いの成長を喜び合う関係の中にいるから治れます。

 まだ理解が浅いし、不安なこともたくさんあります。でも、お父さんとお母さんに聞かせて頂いたお話を何度も思い出します。
 神様に何とお礼を言えば良いか分からないくらい、なのはなに出会えて、今みんなの中にいられて幸せです。