「気象予報士試験 受験記」 れいこ

2月2日

〇気象予報士試験 受験記

 少し遅くなってしまいましたが、試験の日のことを書き留めておきます。

 1月31日に大阪で、第55回の気象予報士試験を受験しました。
 試験の開始時刻が朝早かったため、前日からなのはなを出発し、大阪で1泊して臨みました。
 大阪へは、ボーイングチームで勉強組の先輩の、のんちゃんが一緒に来てくれて、本当に心強くて嬉しかったです。
 前日、当日共に暖かく、雲一つない青空で、すがすがしく、空も私たちを応援してくれているように感じられました。

 なのはなを出発する日は、土曜日で、お仕事組さん、りゅうさんともみんなが古吉野に居てくれました。
 たくさんのみんなが、メッセージや、暖かい言葉で応援してくれて、笑顔を向けてくれました。
 江別の先生方から、暖かい寄せ書きが届きました。なのはなの一員としての私を、ずっと応援していてくださることがとても嬉しかったです。
 河上さんが、アルコールやマスクなどたくさん気にかけて、持たせてくださいました。
 ゆりかちゃんやあゆちゃん、あゆみちゃんたちが、道中のことやホテルのことも気にかけてくださって、困らずに会場までたどり着くことができました。

 なのはなのお父さんとお母さん、みんなが掛けてくれる言葉や、作ってくださる空気はとても優しかったです。
 きっと大丈夫と、丸ごと信じていてくださって、優しく力強く背中を押してもらっているように感じられました。
 お父さんとお母さんが、大きな笑顔で、頑張ってねと見送ってくださって、なのはなのみんなのパワーを全身にまとったような心強さがありました。
 あゆちゃんが美作ICまで送ってくださって、バス停から見えなくなるまで大きく手を振ってくれていました。
 いよいよ、旅が始まるんだなと、高揚感で胸が高鳴り、しっかりやろう、と思いました。

 美作ICから大阪までは、高速バスで1本で行くことができました。
 バスは空いていて、ゆっくり過ごすことができました。
 初めは外の景色を眺めていたけれど、しばらく眠っていて目が覚めると、山々に囲まれたのどかな雰囲気から、一気に高層ビルが立ち並ぶ都会の景色に変わっていました。
 行き道はかなり、あっという間に感じて、気が付いたら大阪に入っていて、この近くにはキッザニアのみんなが住んでいるのかなと、思ったりしました。

 大阪駅はとても大きくて、人や車もやっぱり、多かったです。
 でも、バス停から降りて道に出ると、すぐに、新梅田研修センターの大きなビルの看板が見えて、全く道に迷う心配はありませんでした。
 のんちゃんが先導してくれて、無事に夕食のカツ丼を手に入れ、ホテルにチェックインすることができました。
 ホテルは、新梅田研修センターに隣接している宿泊所で、そのすぐ向かいに宿泊棟がありました。
 間違いなく私たちは、今、試験会場の一番近くで過ごしている受験生だろうなと思い、とてもありがたかったです。
 夕食は、なのはなのみんなと一緒の6時に、のんちゃんの部屋で頂きました。
 大阪に来る前から、お父さんお母さんともお話して、カツ丼にしようと決めていたので、ご飯を食べたらお腹も心も満たされて、力が湧いてきました。

 そのあとすぐに、お風呂に行って、温まって、体と緊張が少しほぐれるように感じました。
 明日の朝は、7時30分に朝食に行こうと、のんちゃんと約束して、部屋に分かれました。
 その時、のんちゃんがメッセージをくれました。
 緊張や不安は全部私が引き受けました。
 だから、れいこちゃんは思い切り楽しんできてね。
 のんちゃんが試験前日の今の気持ちを、丸ごと分かってくれて、そんな心強い言葉を掛けてくれて、のんちゃんが一緒にいてくれて、本当に良かったと思いました。
 そこからすっと集中モードに入ることができて、夜はやりたかった最後の確認を、悔いなくすることができました。

 会場の雰囲気をイメージしながら、いつも通り15分刻みにして、問題を解くテンポを思い出しました。
 分類表を手に、天気図や雲画像を眺めて、記述問題のウォーミングアップをして、天気記号、地理などを最終確認しました。
 受験票や筆記用具をもう一度揃えて、準備は整いました。
 10時半ころには布団に入り、比較的すっと眠りにつくことができました。

 試験当日、目覚ましのアラームでスッキリと目が覚めました。
 カーテンを開けると、柔らかい光が差し込んできて、窓の外は気持ちよく晴れていました。
 身支度をして、30分ほど頭のウォーミングアップをして、朝食に行きました。
 和食の朝ごはんにホッとして、しっかりエネルギー補給ができました。
 1時間ほどホテルで勉強し、9時に試験会場へ向かいました。

 試験会場には大きな看板が立ち、たくさんの受験生の姿がありました。
 会場の前で、のんちゃんに頑張ってね、とぎゅっと手を握ってもらって、笑顔で送ってもらいました。
 いざ、出陣です。

 会場ではセンサーで体温を測り、受験票にスタンプを押してもらいました。
 受験番号ごとに教室が9つに分かれており、私はそのうちの1番大きな部屋で、90くらいの人がいました。
 受験生の9割程が男性で、1割程が女性でした。
 コロナウイス対策で、席と席の感覚が広く、落ち着いて試験に臨めたことは良かったと思いました。
 思ったより人がたくさんいたけれど、私には70人の家族がいるんだと思うと、全然気後れしなくて、みんなのお陰で気持ちを強く持つことができました。
 学科試験では、不思議なほどに緊張はなく、今まで勉強してきたことを信じて、あるべき答えを選ぶだけだと思いました。
 試験官の方が落ち着いた声でアナウンスをしてくださって、想像していたよりあたたかい雰囲気を感じられました。

 9時40分です、答案を始めてください。
 一般知識では、制限時間の半分で、とにかくスピード意識で最後まで解き切ってから、1問1問丁寧に確認していきました。
 特に気象法規の問題では、警報事項を伝達「しなければならない」のか、「するように努めなければならない」のか、そういった細かい点も問われたり、計算問題も複数あったりして、じっくりと問題を読み込む必要がありました。
 学科試験は、マークシート式のため、たった一つの黒丸のもつ意味が大きく、解答をするのにより一層緊張しました。
 時間いっぱい使って、確信をもてる答案ができました。
 最初の1科目は、よいスタートが切れたと思いました。

 2科目目が始まるまでに、お手洗いに行きました。
 なのはなは女の子ばかりなので、男子トイレに行列が出来ている光景は、少し新鮮でした。
 女子トイレは空いていて、休み時間のたびに行くこともできそうだと思ったら、何となくホッとしました。
 専門知識では、出題されるポイントが少しマニアックで、答えを断言しにくいところもありました。
 だから、頭の中で教科書を再現して、そこに書かれていなかったことは、違うことと割り切って、答えを導き出しました。
 分からないところにとらわれず、できる問題から確実に回答して、きっと必要な問題には答えられていると信じました。

 学科2科目を終え、お昼休憩がありました。
 おにぎりをふたつと、栗饅頭で糖分をしっかり補給しました。
 勉強期間にものすごく頭を消耗した時、おやつでお饅頭をいただいたことがあって、そのとき涙が出るほど美味しく、視界が開けるように感じたことを覚えていて、だから、試験の時もお饅頭だ! と密かに思っていたのです。
 お腹も心もほっと一安心して、さっそく、実技の分類表を開きました。
 みんながMTで作文にキャッチフレーズをつけて書きやすくなったように、気圧配置ごとに、パターン化して分類したらいいよと、お父さんが教えてくださって、本番前に作った資料です。
 その資料を見て、テーマを決めうちでも断定して、問題をとくと、練習では迷いがなくなって、初めて制限時間内に合格点をとることができました。
 実技ではやはり、学科試験とは別物の緊張感があって、胸がどきどきしたけれど、その表を手にしているだけで少し落ち着くことができる気がしました。
 
 いよいよ実技試験が始まります。
 実技は75分間で、2回戦行われ、記述式の問題を解きます。
 練習でも最後までたどり着くのは、相当な集中力と潔さが必要で、最大限のパワーで初めて叶うことでした。
 実技1は、正直、とても厳しい戦いでした。
 試験開始とともに、まず方位記号を書き、30分後到達目標を定め、テーマ別分類をすることを、ルーティンのようにしていました。
 でも、どのテーマに当てはまるのか、どうしても断定できないような、日付と気圧配置で、見たことのない形式の資料もありました。
 迷いの中で回答をしてしまっているのを感じ、思うように解き進められず焦りを感じました。
 でも、過去問題や問題集で、今手に入れられるものは全てやってきたのだと思うと、もうこれは仕方がない、と思えました。
 私が難しいことは、ほかの人にとっても厳しいことだろうから、とにかく諦めない、なのはなのみんなのように諦めないんだと思いました。
 全部回答を埋めることはできませんでした。自信も持てませんでした。
 でも悔しさはありませんでした。
 やれることはすべてやったと思いました。

 まだ次には、実技2があります。
 みんながくれたメッセージやお守りから力をもらって、気持ちを切り替えました。
 難問は十分にぶちあたったので、次はきっとバランスを取れるような、いい問題に出会えるだろうと、そう予感できました。
 実技2では、ぴったり当てはまるテーマの分類ができました。
 天気図や雲画像、レーダーエコーにエマグラム、見慣れた形式の資料が与えられ、今までの勉強で掴んできたコツを発揮できるような問題でした。
 確実にキーワードを盛り込めるように注意を払いながら、全速力で書きました。
 今度は最後まで辿り着くことができました。
 やり切ったと思えました。
 16時10分に、最後の解答用紙を回収してもらいました。

 ふいに身体の力が抜けました。バラっと緊張が落ちるのを感じました。
 とにかくホッとして、荷物をまとめ、会場を出ました。
 のんちゃんが笑顔で迎えてくれました。
 お父さんに電話しようと、携帯電話を差し出してくれて、試験が終わったことを報告しました。
 良くやりました、お疲れさま。
 その言葉に、ようやく試験が終わったんだなと言う実感が湧いてきて、なのはなに帰れる嬉しさがこみ上げてきました。

 まだまだ頭も心も興奮状態は覚めなかったけれど、のんちゃんと一緒にゆっくり話しながら、大阪駅まで歩いて、バスに乗りました。
 行き道ではほとんど眠ってしまっていたけれど、帰り道ではずっと起きていて、外の景色を眺めて帰りました。
 帰りはのんちゃんは眠っていて、ああ本当に私の分まで緊張を背負っていてくれたのだな、ずっと一緒の気持ちでいてくれたのだなと、本当にありがたく思いました。

 美作ICにはゆりかちゃんが迎えに来てくれていました。
 ゆりかちゃんの笑顔に会えて、たくさん話を聞いてくれたり、この間なのはなであったことも教えてくれました。
 車で古吉野の坂を上がってくるとき、何ともいえない満たされた気持ちを感じました。
 世界で一番、安心できる場所に、帰ってきました。

 家に帰ると、たくさんの家族が、おかえりなさいと笑顔で迎えてくれました。
 廊下で会う人みんなが笑顔で、一緒に喜び、ねぎらってくれました。
 お父さんお母さんのもとへ、帰りましたと報告に行きました。
 お父さん、お母さんが、ぎゅっと手を握って、お帰り、よくやったねと、声を掛けてくれました。
 その時初めて、良かった、と思いました。

 この試験に向かう過程は、私にとってかけがえのない宝物になりました。
 なのはなじゃなかったら、お父さんお母さん、みんながいなかったら、絶対にできないことでした。
 お父さんお母さんから、初めて正しい勉強の仕方、勉強する意味、心持ちを教えていただいて、勉強はこんなにも面白いことなのだと知りました。
 お父さんお母さん、みんなが決して諦めなくて、できるまでやり続けるので、私も諦めないのだと思えました。
 こんなにも真面目で一生懸命な仲間がいることは、何にも代えがたい幸せなことだと感じました。

 しかし、まだまだこれも人生の通過点の一つに過ぎません。
 人生はいつも通過点で、そのことはとても嬉しいことだと思っています。
 今日より明日、明日より明後日、もっと優しくて真面目な人間になっていけるはずだからです。
 だから、どんな結果だとしても、受け入れて、前向きに進んでいけます。
 できるまで、諦めません。
 また、この間、勉強させてもらったことは、なのはなの農業や、地球温暖化の問題に、ぜひ還元していきたいと思っています。
 なのはなで新しい農業のシステムをつくっていく一員として、また、演奏や日々の活動を通して、次に続く仲間に希望を与えられる仲間の一員として、精一杯生活していきます。
 なのはなの子どもの1人として、またこれからみんなのなかで、与えられた役割を、ひとつひとつ確実に向かっていきます。
 これからもどうぞ、よろしくお願いします。