「私の幸せは」 のん

2月3日

○幸せのその日暮らし
 今日のミーティングの発表のなかのお父さんとお母さんのお話を聞かせてもらって、腑に落ちたことがありました。私はなのはなに来る前、学歴をつけて、いい会社に入って、たくさんお金を稼いだら幸せになると思って、そのゴールを目指して、今を耐えて、勉強していました。なのはなに来てからも、まだ見ぬ誰かのために生きる、苦しい世の中を変える、そのゴールを目指して今を耐えて生きていこう、としていました。

 でも、そういう気持ちでやる勉強や頑張りは、逃げたい気持ちが出てきたり、途中で息切れしてしまいました。これで症状を出さずに自立ができるのか、不安でした。

 でも、今日のテーマ10の共通項のまとめをして、お父さんお母さんのお話を聞かせていただいて、偉大なことをしたり、立派なことをしなくていいんだ、と思いました。私はゴールが変わっただけで、前と同じ生き方をしてしまっていたのだと思いました。

 人との間にある幸せを感じて、幸せのその日暮らしでいい。今の社会で立派と言われたり、褒め称えられたりすることは、競争へ駆り立てられてきた理性が、それを幸せと勘違いしていただけで、本能が求めていた、本当の幸せは、人と人との間にある幸せだったんだ、と思いました。私が追い求めていたものは、社会が創り上げた幻想みたいなもので、人間が生まれながらに本来感じる幸せっていうのは、こういう幸せなんだ、と思いました。

 そう思ったとき、重荷が消えて楽になったのと同時に、いままで自分を縛ってきたものがなくなって、逆に少し不安になりました。自分を鞭で叩いて走らせるような生き方に慣れすぎて、幸せを感じてしまっていいの? と思いました。不安感、不安定感がありました。

 でも、もう、この生き方で責められる心配も筋合いもありません。私の幸せは、人との間にある、毎日の小さな幸せです。誰かと一緒に当番をして、一緒に頑張って、終わらせて、一緒に達成感と喜びを感じる。ただ目の前のやるべきことを精一杯でやって、助けてもらって、自分も助け返して。それで一生を過ごしていいんだ、と思いました。

 もう自分に鞭打って1人で頑張らなくていいんだと思いました。大変なことも1人で抱え込んでやろうとしないで、誰かと一緒に、大変だ-!! って面白がってしまっていいんだと思いました。

 この気持ちを保って生きます。幸せのその日暮らしなら、私は症状に逃げなくても生きていけます。私は気を抜くときっと大きなゴールを目指そうとしてしまうから、幸せのその日暮らしをしっかりと自分に定着させていきたいと思います。