「求めていた幸せ」 まち

2月2日

 午前中のテーマ9の作文が終わって、今ゆったりモードなので、今の気持ちを留めたくて書かせて頂きます。

 みんなの作文を読ませてもらって、自分の中で、自立に向けて正しく向かっていく気持ちを深めることができました。

 つくづく、自分は幸せだと思います。摂食障害になって、なのはなに来ることができたからこそ、私は長年求めていた幸せに辿り付くことができました。どこか、私は幸せじゃない。もっと自分は何かできる気がする。もっと、心満たされるものがあると思う。そんな気持ちをずっと抱えていて、それを見つけたくて色んな仕事を経験したけれど、どこにもありませんでした。自分は変な奴、という疎外感、孤独感だけが残りました。そろそろ死のうかな、と思っていた頃に、なのはなに来ることができました。なのはなで、人との間にある暖かさ、幸せを感じることができました。人と喜び合って、力を出し合って、前向きに生きていく幸せを感じました。そこに、私が求めていた幸せを感じることができました。ああ、やっと見つけることができた、と思いました。すごくすごく幸せです。

 別段仕事をしていなくても感じられるものでした。すぐ側にあるけれど、人との間にしかないものでした。お父さんの言うとおりでした。人が多ければ多いほど幸せになります。昨日の体育館のLEDの点灯の瞬間にみんなと感動し合ってものすごい幸せを感じたように、私は人と暖かい関係を広めていくことで、幸せをいつも感じることができるのだと思いました。

 この幸せを、広げていきたいです。この幸せを知らずに死んでしまう人が多いと思います。それが世間の闇だと思いました。なのはなの環境と暖かさをもっと広めていきたいです。

 年末にフレディ会議をしてから、お正月とか成人式とかイベントがいっぱいあって、その中で、何もできない自分への間違った自己否定が解消されて、ただいるだけでみんなが肯定してくれるから、ただ存在しているだけで私は人に感謝されることがある存在なのだと知ることができました。その上で、ミーティングをして、どうして自分がそこまで自己否定をしなければならなかったのか、どうしてそんなに苦しまなくてはいけなかったのかを知って、そして、人との間に幸せを感じられることがどれほどありがたくて幸せで、恵まれているのかを知ることができました。色んなタイミングが一致して、ぐーっと、私はミーティングを通して人間としての幸せを理解することができたと思います。本当にありがたくて、嬉しいです。

 人のための自分じゃないと、私はこの幸福感を感じ続けることができません。私のための自分となった瞬間に、私は体調を崩し、生きる意味を失います。人のための私でありたいです。そこにしか、幸せはないです。自分の命が喜んでいるかどうかは、自分がいつも分かります。すぐに感じることができます。私はこの感覚をいつも大事にして、いつもその幸せを感じている生き方をしていきます。そうでしか、私は生きられません。

 お父さん、お母さん、本当にありがとうございます。私は謙虚さが足りません。素直さが足りません。自分自分で、自分が偉いと思っています。自覚があります。どこまでも謙虚に、お父さんとお母さんの話を聞いて、素直に生きていきます。人のために生きていきます。そうして、摂食障害から回復した、立派ななのはなの子の一人になります。

 今日は節分で、みんなでリビングで藤井さんも一緒に、いろいろお話した時間がすごく幸せでした。家族団らんって感じがしました。豆まきもして、いろんなところで鬼を追っ払い、福を呼び込めたので、今年も古吉野は安泰です。今もリビングで豆がたくさん転がっていて、幸せな家族の証のように残っているのが嬉しいと思いました。

 テーマ10の作文を今書かせてもらっています。書くたびに、自分の使命とか自立に向かう意志がはっきりと胸に刻まれていく感覚があります。未来の自分への決意です。この通りに、しっかりと生きていきます。

 明日もミーティングがあるようなので、頑張りたいです。いよいよ大詰めで、残り1テーマとなっています。ちゃんと自分の中でけじめをつけたいです。読んで頂いてありがとうございました。