「正しいと思う人柄を演じる」 さくら

1月31日

 最近は特に掃除の時間が楽しいなと感じます。私は昼食後、6年生教室前のトイレとシンクを掃除しています。半年くらい同じ掃除場所なのに、飽きるということがないです。毎日同じ手順で、掃き、水撒き、便器掃除、床掃除、ジョウロに水をためながらシンク掃除や棚掃除、最後に水で汚れを流す、マットの掃除、ごみ捨て。時間のある日はプラスアルファでやりたいところが見えてくるようになって、きれいになっていると感じると、心が澄んでいく気がします。掃除の最初に2つの扉を開けて、外の空気を入れながら掃除をします。掃除が終わるころには、すっかり新しい空気で、壁だらけのトイレの中でも視界がくっきり開けるようです。自分のなかの汚いものも洗われて、大切にしたい時間です。

 午後の最初に、やよいちゃんとまよちゃんとさやちゃんとよしみちゃんと、崖崩れハウス前下畑の小松菜の収穫に行きました。15キログラムの収穫でした。虫食いが一つもなくて、緑が濃くて元気でした。きれいな小松菜に触れて、目に入る草も生き生きしていて、その場にいさせてもらえるだけで幸せでした。えつこちゃんとつきちゃんが褒めて育てたという小松菜。見ただけでそれが納得できてしまうくらい綺麗でした。

 4時から5時でお母さんを先頭に、古吉野の校舎周りを綺麗にする作業をしました。焼き芋を口に入れながら、お母さんの後をついて走って綺麗にするべき場所を巡りました。食堂下は広いスペースがあって、夕食の時、お父さんが、「お父さんとお母さんそこに住もうか」と言っていました。永禮さんと以前リビング下で作業をしたとき、永禮さんもリビング下に住もうかなと、お父さんと同じことを話されていて、お父さんお母さん永禮さんが納屋に住んでいることを想像して、面白かったです。
 
 私は肥料倉庫のところのトタン板の整理や、肥料倉庫の後ろの笹を刈る作業をさせてもらいました。私が間違いそうになったとき、どれみちゃんが、「お母さんの指示を聞こう」と言ってくれて、お母さんを中心に古吉野中が綺麗になっていくことが嬉しかったです。
 しほちゃんが草刈り機で刈ってくれたところの、ネット際や壁際の草刈り機では刈れないところを何人かの人と鎌で刈りました。笹でボーボーだったところが綺麗になって嬉しかったです。

 夜、集合の時間が嬉しかったです。お父さんが、本当の自分はどこにもいない、やるべき自分をどこまでも演じる、変えたいならどんどん変えていく、と教えてくださいました。そうなんだ、自分はなくて、なのはなの子として自分が正しいと思う人柄を演じたらいいんだ、と思いました。私は今、高田郁さんの「あきない世傳金と銀②」を読んでいます。その主人公、幸の、優しくてまっすぐで素直で働き者で心が綺麗で、どんなに理不尽なことをされても目標にむかって絶対に諦めない強いところ、意地悪をされても強がりじゃなく笑い飛ばして意地悪をはねとばしてしまう強いところが好きです。りなちゃんに似ています。幸を演じようと思います。

 お父さんお母さんみんなのなかで、生活させていただけて、ミーティングを受けさせていただけて、みんなといることを心地よく思えるような、幸せなような、何かわかりかけているような、そんな感じです。明日から月曜日で新しい週になることが嬉しいです。そんなふうに思えるのはみんなの中にいさせてもらえるからだと思います。明日からの一週間は、仕事がお休みの、ゆずちゃんとも一緒に日中も過ごせるみたいです。