【新春号㉘】「受け入れてくれる仲間がいるから ――税理士試験二科目合格――」のん

 本試験から四か月。受験票に書かれた合格発表の日。去年さやねちゃんの合格発表を官報で見た、という記憶を頼りに、あさ九時前、インターネットの官報のページを開いて、何分おきかに更新ボタンを押して、今日のものがアップされるのを待ちました。

 八時五十五分だったでしょうか。官報の号外ページがアップされました。それをクリックすると、税理士試験の合格者が受験地ごとに並んでいました。

 最初のページに私が受験した香川県はなく、ページをめくりました。香川県がありました。合格者は十四名。一生懸命探しても、そこに私の名前はありませんでした。違うページにあるのかなと思ってめくっても、別の資格試験の合格発表があるだけで、目次を見ても税理士試験の合格発表はそのページだけ。

 何度見てもそのページに私の名前はなく、落ちたんだ、と静かに思いました。うっすらと、二科目とも落ちたのか、片方受かってた場合はどう表記されるんだろう、という疑問がありましたが、名前がないものはないのだ、と諦めて朝食に行きました。

 いつもと何も変わらない生活。いつもと同じように当番のリーダーをして、クリスマス会に向けてチームのみんなと曲を作って。どうせ今日は勉強なんてできないからその時間がありがたいと思ってみたり、この先どうするか悩む時間が欲しかったり。

 お昼では、お父さんとお母さんはこのことを知ってるんだろうな、どういう顔していればいいんだろうか、と思いながらいつも通りのコメントを回してみたり。夕食後にはチームのみんなとできた曲をお父さんに聴いてもらうことになっていて、それとこれとは話が別! と自分に渇を入れて、練習して、お父さんに聴いてもらって。いつもと同じように、と思っていても、三割くらい頭がどこかに行っていました。

 この結果をどう思ったらいいのか。税理士になるのはやめた方がいいという神様のメッセージなのか、奮起しなさいよ、ということなのか。パン屋になったほうがいいのか。このまま税理士を目指し続けてもいいのか。

■税理士になりたい

 考えていると、悩んでいるようでも心は決まっているな、と思いました。いつのまにそこまでなりたいと思えるようになったのか、と思いましたが、税理士になりたい、という気持ちがしっかりとありました。諦めたくない、と思いました。たとえ今回落ちていたとしても、来年、財務諸表論を今勉強している相続税法と受けて、その次新しい科目と簿記論を受験しよう、と思いました。

 その気持ちを確認して奮起させようとする気持ちと合格発表に諦めがつかない気持ちとで、夜九時 過ぎにまた官報を見て、やっぱりない、と思い、そのまま税理士についていろいろネットで見ていました。

 今年の合格率は簿記論、財務諸表論が二割近くで高いことなども書かれていました。それで落ちたのか…と思いました。それでもまだ見続けました。すると、官報に載るのは五科目合格者で、一部科目合格者は郵送で結果が通知される、ということを知りました。

 一瞬何が何だか分かりませんでした。私の合否は書類で送られてくるまで分からない、と理解したとき、落ちてなかった!! まだ希望がある!! と思ってその日のもやもやがはじけ飛びました。

 合格発表の方法すら知らなかった自分は本当に馬鹿だなと思ったり、この十二時間一体何だったんだ、と思って気持ちのやり場がなくて六年生教室をうろうろしていました。

 六年生教室に入ってきた勉強組の子にこの十二時間の私のジェットコースターのような気持ちの急降下からの急上昇を笑い話として話してようやく落ち着きました。本当に笑い話になってくれますように、と思いながら眠りにつきました。

 その翌日、お昼にいつもお父さんが発表しているイメージがあったので、お昼には通知が届くかなと思っていたけれど、お父さんからの発表はなくて、その夕方、待ちきれずポストを見に行ってしまいました。

■未来を開いて

 私の名前が書かれた封筒がありました。何度も自分の名前であることと、国税庁から送られてきたものであることを確かめました。バンドの音だしを見終えたお父さんのところにそれを持って行きました。

「もうそろそろだと思ってたんだ」とお父さんは笑顔で言ってくださいました。

 校長室に入って、「僕が封を切るからお前が開きな」とお父さんが言ってくださって、封を切った封筒を持って、お母さんが来てくださるのを待って、通知を開きました。最初どこを見ていいのか分からなかったのですが、全科目名が並ぶ欄の簿記論と財務諸表論の下のところに、ほかの文字と変わらない小さな文字で、「合格令2」と書かれていました。

■合格

 合格したっていうことなんだろうか、とちょっと疑問符が残った状態で数秒固まっていると、お父さんが「合格だ」と仰って、やっと本当に合格なんだ、と思えました。ふっと緊張の糸が静かに切れました。

 お母さんが「やった!」と言って抱きしめてくださって、お父さんが握手してくださって、私より私のことを喜んでもらっている気がして、本当に嬉しかったです。

 お父さんが放送で合格を報告してくださったとき、リビングにいたみんなの歓声が聞こえて、それがまたすごく嬉しくて、そのまま朝食当番にダッシュで行くと、すれ違うみんなが笑顔で「おめでとう!」と言ってくれて、台所のドアを開けると、目の前にいたなるちゃんやなっちゃんやりゅうさんやそこにいたみんなが「おめでとう!!」って拍手で迎えてくれて、嬉しいけど恥ずかしくて、本当に幸せ者だ、と思いました。

 食事の席でもみんなにたくさんお祝いしてもらって、こんなにたくさんの人にお祝いしてもらえる受験生きっとほかにいないと思いました。いいニュースを運んでくることができて本当によかったです。お母さんが、「のんはみんなのお陰で合格したと思っていると思います」と言ってくださったことがすごく心に残っていて、夜寝るとき布団のなかでそのことをずっと考えていました。

■道

 合格率が約十パーセントの試験で合格することを信じて勉強し続けることができたのは、なおちゃん、たかこちゃん、さやねちゃんたちが先陣切って勉強して、その道を開いてくれたからです。

 目の前にそれを実現した人がいてくれることで、自分もできるかもしれない、と思わせてもらいました。そう思ったら、勉強だけでなく、フルマラソンでもダンスでもなんでもそうだと思いました。

 なのはなに来る前の自分がフルマラソンを走りきれるなんて思いもしなかったけれど、みんなができるよって言ってくれたから自分もできると思えました。ダンスだって目の前に出来る人がいるから、その人に引っ張ってもらって自分ももっともっと、と思えました。

 先輩たちに引っ張り上げてもらって、今の自分がいます。そして自分も誰かをそうやって引っ張っていくんだと思います。なのはな全体として考えたら、誰かが前に進んだら、なのはな全体は前に進むことが出来ます。私の合格が、なのはな全体のプラスになる。仲間ってそういうことなんだ、と思いました。

 私はずっと、チームメイトっていうのは、私が成功したら足を引っ張ろうとして、私が失敗したら責めて馬鹿にしてくるものだと思っていました。

 大人っていうのは、私が成功したら褒めて近寄ってきて、失敗したら手のひら返して離れていくものだと思っていました。ずっと1人で、いい成績をとって、足を引っ張ろうとしてくる手を蹴散らして、独りで闘って自分だけを守ってきました。

 でもお母さんの言葉を聞いて、思いました。私はなのはなの先輩たち、ボーイングの先輩たちに引っぱってもらって、周りのみんなに支えてもらって、今こうしてここにいる。私が闘った成果でみんなを守ることができる。私が駄目なときは誰かがカバーしてくれる。私の成果を本当に喜んでくれる。みんなの成果は私を引っ張ってくれる。

■仲間

 これが仲間か、と。そう思ったら涙が出てきました。こんな風に思える日がくると思っていませんでした。

 守りたい仲間がいる、そう思ったらまだまだ頑張れる気がしたし、なんで勉強するのか、なんで笑顔で踊るのか、その答えが固まったように感じました。そう思ったとき、私はようやく安心基地を得たんだ、と思いました。

 お父さんの本に出会ったとき、摂食障害の人は家を安心基地にできなかった、安心基地がなかった、と知りました。でも、分かったような、分からないような、そんな感じで、いつかわかるかもしれない、と保留にしていました。その意味がやっと分かりました。

■新たな一歩を

 たとえ話になりますが、私はずっと傭兵でした。雇い主は家族だったり、先生だったり、友達で、そのときいる場所で違います。主の思いに沿うように、いい成績を取ったり、必要なら悪口に付き合ったりもしました。そうやって成果を上げているうちは私の基地、帰る場所はそこにありました。

 でも、失敗したら追い出されるんだろうな、もしくは牢屋にでも入れられるんだろうな、と思っていました。でも仮でもいいから居場所を作るために、私を簡単に捨てるであろう主のために成果を上げ続けました。それに疲れて摂食障害になったんだと思いました。居場所がないなら死んだらいい、もう頑張りたくない。ずっとそれが心のどこかにあって、苦しかったんだ、と思いました。

 今回の合格発表の一連の出来事のなかで、お父さんお母さん、みんなの気持ちを感じて、なのはなファミリーは私が失敗しても成功しても変わらず私を受け入れてくれる場所なんだ、と感じました。ここが私の安心基地だ、と。

 もう私は私の居場所を作るためだけに頑張らなくていいんだと、どんなときでも受け入れてくれる仲間のために頑張るんだと、思うことができました。

 なのはなファミリーは進んでいく時代のなかを先陣切って走っていく集団で、私はその中にいて、私がどうであれなのはなファミリー全体が進んでいくことでその一部である私も進んでいくし、私が進めばなのはなファミリー全体を進める力になるのだと思いました。

 この気持ちを忘れないで、また一年後、みんなにいいニュースを運んでこれるように頑張ります。