「この本の主人公たちのように」 えつこ

1月24日

 ちさとちゃん、お誕生日おめでとうございます。私は最近、ホウレンソウの収量のことで、ちさとちゃんとお話をすることがあるのですが、いつ話しかけても、ちさとちゃんは明るい笑顔を向けて、最後には「ありがとう」と、言ってくれます。ちさとちゃんに笑顔を向けてもらうと、嬉しい気持ちがその後もずっと残ります。
 
 ちさとちゃんと作業をすると、必ず最後に笑顔で「ありがとう」と、言ってくれます。大変だった作業のときも、ちさとちゃんの笑顔を見ると、その大変さも楽しく感じます。とても達成感を感じます。
 どんな作業も楽しく感じるのは、ちさとちゃんが、常に人の気持ちを1番大切にしているからなのだと、食事のときのやよいちゃんのコメントで、気付きました。より良い仕事を目指して進化し続けることと、仲間がもっとやりやすく、楽しく仕事できるように、という優しさを両立させることのできるちさとちゃんを、とても尊敬しています。
 私もちさとちゃんのように、人への優しさをベースにして、仕事に向かいたいです。

 『脱出記』を読み終えて、私は今、頭をハンマーで叩かれたような気持ちでいます。こんな甘い姿勢で生きていてはいけない、もっと必死で切実な思いで生きるべきだろう、と、そんな気持ちにさせられました。

 読み始めは、拷問の場面で叫び出しそうになったり、とても卑怯なやり口で有罪判決が下されたところでは怒り狂ったり、とても重苦しい気持ちになって、本を読んだ後に立ち直って日常モードに気持ちを持っていくのが大変でした。

 でも、読み進めるうちに、おもしろくておもしろくて、早く続きを知りたくて、すきあらば『脱出記』を読みました。とてもハラハラして、私は読みながら、一緒に旅をしているような気持ちになって、みんなをどうか生きさせて下さいと、神様にお祈りをしていました。
 7人の旅の仲間が、それぞれの役割を持ちながら、お互いに助け合って、目的地へ向かいました。極限の状態であっても、仲間のためにユーモアを忘れないザロが、大好きになりました。ザロに気持ちを救われる場面が、多くありました。ユーモアは人の命も救うことがあるのだと、思いました。1人1人が、かけがえがなくて大切な存在でした。

 旅の途中で、半分の仲間を失ってしまいますが、共に旅をした8人のうち誰か1人が欠けても、4人が生きてインドに辿りつくことはできなかったと、思います。仲間を失う場面、特に最後になってパルチョウィッツが死んでしまったときは、とてもショックでした。
 しかし、絶対に生き延びるのだという強い意志のもとで歩き続け、4人が生きてインドに辿りついたことで、死んでしまった仲間の魂も、救われたと思います。

 その後、著者は、イギリスに渡り、結婚をします。旅の仲間とは、会う機会もなく、消息もわからないそうです。どんなに極限状態であっても仲間を思う心を持ち続けた仲間たちだから、幸せな人生を生きられたはずだと、信じたいです。

 私の解釈はとても浅いかもしれませんが、それでも、この本は、これからの私の選択基準の1つとなりました。私は今、戦争のない国に生きていて、捕虜になる心配もなく、シベリアから歩くような極限は想像もできないくらいですが、摂食障害の苦しさは、精神的な極限状態だと思います。摂食障害から脱出して自立して生きるとき、この本の主人公たちのように美しくありたいと、思いました。

 主人公たちも、旅の過程で、全てを投げ出して狂いたい気持ちになることがあったと思います。でも、主人公たちには甘えがありませんでした。生きるためには、前に進み続けるしかありませんでした。私は、主人公たちのことを、心から尊敬します。脱出記のことを思うと、甘ったれな自分が恥ずかしくなります。私もこの『脱出記』の主人公たちのように、生きてゆきたいです。

 『脱出記』を読み終えて、諦めなければ絶対に道は開けるのだと、希望を感じました。生きることもサバイバルのようなものです。誰にとっても大変です。だから、共に生きる仲間を大切にしたいと、思いました。