「旅」 えつこ

12月22日

 今年もあと1週間と少しになってしまいました。クリスマス会を終えて、次の3月の音楽祭に向けてのブラッシュアップの計画を練り、年末の紅白やお正月遊びの準備がはじまり、ホウレンソウは収穫がピークで、バレンタインホテルでの演奏もせまってきていて、やりたいことがあふれている日々が楽しいです。そのことを言い訳に日記をしばらく書けていなかったのですが、20日のクリスマス会については、私の転機となったような気がして、どうしても書きたいです。

 クリスマス会の日、とても、人間であることの喜びを感じました。表現することは人間の本能だ、というお父さんの言葉を実感として味わいました。自分の気持ちを音を通して表現して、みんなが受け取ってくれて、私もみんなの表現を受け取りました。確かに、みんなと心が通った時間でした。
 クリスマス会に向けての練習を通しても、当日の演奏を通しても、私は生きていても良いんだ、いや、生きなくてはいけないんだという気持ちが強くなりました。2日たった今も、クリスマス会で感じた心のぬくもりが残っています。そのぬくもりは、これからもずっと、冷めることはないと思います。それくらいに、宝物になりました。

 ゆいちゃんのオリジナル曲、さきちゃんたちの歌声、フルートの美しいメロディー、みんなの全身で表現する姿に、心を揺さぶられました。どのチームももう一度見たいくらいに、みんなの魅力がギュッと詰まっていました。印象に残ったのは、『脱いで』です。こんなのは本当の私じゃない、私は大人になるんだ、かかってこい、という強い気持ちが、私の今の気持ちと重なって、涙が出てきました。私も勇気を出して毛皮を脱ごうと、力が湧いてきました。

 練習過程でのことを書きます。バンドの話があったときに、ゆりかちゃんと、トロンボーンで演奏をしたいと、話していました。私の大好きな『セゲドトロンボーンアンサンブル』というプロのアンサンブルが、『ドント・ストップ・ミ-・ナウ』を演奏している動画を見て、私もそのようなことがしたいと、ずっと憧れていて、心の中であたためていました。しかし、それはまだ浅い憧れで、それを通して表現したい軸が自分の中に定まっていなかったから、ずっと保留になっていました。
 エントリーシート提出の締め切りギリギリになって、以前サックスアンサンブルで演奏したことのある『ルーマニア民俗舞曲』をやることに決めました。この曲にしたのは、今の自分の気持ちにしっくりとくる曲だったからです。この曲に歌詞はないけれど、この曲を聴いていると、自分の心を理解し、そして背中を押してもらっているような気持ちになりました。だから、この曲を自分の中で消化して、みんなに勇気を与えるような演奏がしたいと、思いました。

 トロンボーンアンサンブルのメンバーはゆりかちゃん、さやねちゃん、ほしちゃん、しなこちゃんと私の5人です。本当にギリギリのエントリーだったので、メンバーのほとんどが、他のチームとかけ持ちでした。そのことに申し訳なさもあったのですが、どうしてもこのメンバーでやりたかったです。トロンボーンの師匠であるゆりかちゃんとさやねちゃんがいてくれて、私がリーダーとして練習をすすめるのは畏れ多かったのですが、ゆりかちゃんとさやねちゃんと演奏できるだけで、夢のようでした。ゆりかちゃんとさやねちゃんが、いつもさり気なく助けてくれました。へなちょこリーダーだったかもしれないですが、私は、メンバーの存在にたくさん助けられました。

 ほしちゃんが、練習を楽しいと、言ってくれました。私は、それだけで、トロンボーンアンサンブルをやって良かったと、思いました。しなこちゃんが、トロンボーンをはじめて1ヶ月もしていないところを、ものすごいスピードでトロンボーンを習得していって、その誠実さに気持ちを正されました。

 演奏者としては、技術的に未熟であったとしても、私たちにしかできない表現があると、信じています。音を外したって良い。だからといって、今の個性を尊重するような風潮で、自己顕示欲にまみれた音を出すような音楽は、私は嫌いです。でも、縮こまって間違えないようにと、良い子ちゃんな演奏も、嫌です。私は、どんなときも、表現するための音楽をやりたいです。もっと音域を広げたい、良い音を吹きたいと思うのは、表現の幅を広げたいからです。誠心誠意を尽くして練習した上で、心を解放させたかったです。私は、なのはなトロンボーンアンサンブル『ヘルメス』に、誇りを持っています。

 この曲に込めたい気持ちを文章にして、メンバーのみんなに渡しました。感情にまかせて書いた文章です。自分の傷口を見せることなので、私は、ためらいましたが、心を開かなくては表現はできないと思い、勇気を出して文章にしました。私の気持ちが的外れであったらどうしよう、浅さが丸出しかもしれない、などと緊張しましたが、みんなは、共感してくれました。ほしちゃんが、自分の気持ちそのままだと、日記に書いてくれました。ゆりかちゃんが、私の殴り書きのような文章を、ファイルに大切にはさんでくれました。さやねちゃんが、「大切に演奏しよう」と、言ってくれました。私は1人ではありませんでした。そのことが、大きな勇気となりました。
 
 私は旅人です。この世の中で、旅をしています。能力至上主義の競争社会の中で、私は落ちこぼれで、生きてはいけないのではないか、そう思っていました。でも、心のどこかで、私は選ばれた人間ではないか、私にしかない使命があるのではないかと、思っていました。だから、絶望の最中でもう死にたいと思っていたときでも、生きることは完全には諦めていませんでした。その気持ちを神様がすくい取ってくれて、私は生かされています。生かされている限りは、前に進まなくてはいけません。

 道は2つに1つ。旅を諦めて堕落するか、険しい道でも諦めずに進み続けて、使命を果たすか。私の周りにも、旅人がいます。色んな人がいますが、目指す場所は同じです。私の隣を、高級車が悠々と通り過ぎます。旅を諦め、引き返し、堕落へと進む人もいます。それでも、私は、周りに惑わされずに、旅を続けます。引き返したら、私の後に続く旅人の道が閉ざされてしまうからです。だから私は、諦めてはいけないのです。

 私は身一つで、一歩一歩を大切に歩いています。強く冷たい風が吹きます。寒い、もう楽になりたい、もう頑張れないよと、うずくまりました。しかし、静かな中、さやねちゃんの吹くメロディーが聞こえてきて、目を開ければ、同じく険しい道でも、粘り強く歩き続ける仲間がいました。私は低音で、再び立ち上がる決意を歌います。ゆりかちゃんとさやねちゃんの緊張感のある刻みは、希望の光を表しています。
 私たちは、広い荒れ地の中を、道を作りながら、旅をしています。

 そんな気持ちを、表現しました。お父さん、お母さん、盛男おじいちゃん、永禮さん、たかこちゃん、みんなの前で、私たちのすべてを表現しました。みんなが、私たちの思いを受け止めてくれました。そのこともまた、力となりました。合格の鐘が鳴ったとき、私は、お父さんとお母さんに応援してもらっているように感じました。この気持ちで進んで行っても良いのだと、勇気になりました。ステージからはけて、みんなでハイタッチをして喜びました。ひとかけらの勇気を持って踏み出して、本当に良かったです。

 今回は、時間の都合で、1曲目のみを演奏しましたが、これから3月の音楽祭に向けて、レパートリーを増やす予定でいます。このメンバーならきっと最高のものにできる、あるべき形は神様から用意されていて、みんなと一緒に見つけられると、信じています。しかし、そのためには誠心誠意を尽くさなくてはいけません。しかし、私にはこんなにも心強い仲間がいるので、きっと出来ます。私はやります。

 夕方、外に出たとき、空にうっすらと虹がかかっていました。私たちの踏み出した一歩を、祝福してくれているようでした。